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2021/01/28

いとしさをみつけることは人生を愉しむ術である

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ここ数日、送られてくる経営者の方のメルマガなどを読んでいますと、
このコロナ禍で急速にオンライン化が進んだことは
未来が早く来たのだ、ということを書いてある方が多いようです。

私くしも2度目の緊急事態宣言が出てからというもの
更に、人とお会いする機会が少なくなりまして
もっぱら、ZoomやSlack、LINEなどでのやりとりとなっています。

そんなある日、
とても親しくしている友人から業務連絡でメールをもらいました。
このコロナ禍に陥る前までは、一番頻繁に会っていた女性なのですが
すっかり会えずにいて、もっぱらLINEでのやりとりが主でした。

さて、そのメール、たった数行だったのですが、
業務連絡の他に一言、二言、
彼女自身の日々の気づきから、
私への気遣いがふわりと言葉にしてあったのです。

彼女の紡いだ言葉をじっくりと味わい、
そして、時間をかけて生まれてくる言葉をそっと返す。
そしたら、数日後に、つと返信がくる。
そのリズムも、言葉も、
心にほのかな春の光が差し込むように、心地よいのです。
そんな柔らかいやりとりが続く中で、ふとこう思いました。

今まで、LINEでやりとりしていた時は気づかなかった
この心地よさは何だろうか、と。

思い返した時、
それは、昔なつかしい、文通や交換日記に近い感覚だなあ、と。

そこで、長年の愛読書である清川妙先生の
「心をむすぶ美しい手紙」の中のこんな一文を思い出しました。

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「いいことばがいい人生を創る」という章の中に

ーーーーここから引用ーーーーー


小さなもののいとしさをみつけることは、
生きることの愉しさをいつけることなのだ。
小さなものだけでなく
小さなことば、小さな思い
ーーーーそんなものすべてを、大切なものとして扱うことから、
私たちの心の世界は、ゆたかに息づく気がする。


ーーーー引用ここまでーーーーー


思い返せば、ものづくりも
ことばを通じてようやく
はじまるのだ。

お客さまともメールでのやりとりの中の小さな小さな心づかいから
加速度を増して
大変価値のあるものとなっていくのだ、と。

会えない時だからこそ
オンライン化だからこそ
いいことば、あたたかい、やさしい言葉を丁寧に紡いでいきたいと思う
今日このごろ。

「だれが正しいとか間違いだとか、そんなことは横において
 大切な誰かににあたたかい言葉を紡いでいたい」

その他のことは、「美意延年」でこの時期を生き抜くとしましょうか^^;

清川妙さんの素敵な言葉はこちらの記事にも書いています。
↓↓↓

http://aqua-marine.tea-nifty.com/arttada/2017/06/post-fcfa.html





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2021/01/21

ストレスのたまる家に住んでいませんか?

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                        人とモノの距離感を繊細に検討しつくして作ったKATADA Lodge&Villa/津カントリークラブ
                           客とバーテンダーとのさりげない距離感が心地よい会話を生みだすように
                カウンター、椅子の高さや幅を決めている。


寒い日が続きます。
暦の上でも大寒を過ぎ次の立春まで
日本の四季では今が一番寒い時。

緊急事態宣言も首都圏に引き続き各県も発令され、
街では、人とすれ違う時にお互い最大限に距離をとってすれ違ったり。

リモートワークについても、オンライン上での打ち合わせはできますが
やはり、顔を突き合わせて話すのとはちょっと違うかなあ、と思ったり。


今、あらためて人との距離感について考えさせられています。

そんな時に、学生時代から何度も繰り返し読んできた本を思い出すのです。

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人類学者であるエドワード・ホールの「かくれた次元」

動物にはスペーシングと言い、
自分自身のテリトリー(領域)を持っています。
人間だけが他の動物と違い
文化という新しい次元をつくった、という発想です。

例えば
人間は脳の延長でコンピューターを、
声は電話、足は車、言語は体験を作り出し、
これを新しい次元=文化として、
新たに作り出し、その作り出した領域を生きている、と彼は言います。

そして、こうも言っています。
「人間は文化を発達させるとともに、自分自身を家畜化した」と。
つまり、自ら作った文化に支配されてしまっている。

だから、人間的に生きるためには
今こそアメリカの都市は、
この感覚的距離感を理解する建築家によって作り変えねばならない、
とまでこの出版された1970年代に、すでに言いきっている。

便利だけど、いずれ動物としての感覚を忘れてしまう、ということを。

さて、以前にも「建築の本質は間を設計すること」という記事を書きましたが
私の作る空間は、単なる広さを取り、見栄え良くするためにデザインをしていません。
見えない部分であるモノとモノの間にある「空」
これを、この動物的な感覚である距離感できちんと計算しています。

わかりやすく言うと、
使いやすさ、居心地の良さ、を十分に検討してあらゆるものを決めている、ということです。

エドワード・ホールもこの本の第5章で言っています。
空間の過ごしやすさは、視覚的な体験より筋覚的な体験が大切であると。
筋覚的とは、つまり、
目で見る広さだけではなく、
その部屋で何か行動する時にスムーズに行動できるか、
動作の一連が心地よいか、ということです。

ここで、彼の例えを文中より引用してみましょう。

ーーーーー以下引用ーーーーーー
女性は、ふだんは陽気で社交性に富む人物であったが、あるとき、近代的ではあるが設計の悪い彼女の台所のせいで、十何度目かのかんしゃくをおこし、こうどなったーー。
「私はたとえ親しい人にでも触れられたり、ぶつかられたりするのが大きらいです。だから私はこの台所にいると気がちがいそうになるんです。だって食事のしたくをしようとすると目の前に必ずだれかがいるんですからね。」
ーーーーー引用ここまでーーーー

これは極端な例なのですが、
普段意識していないからこそ
人のこの動物的感覚はとても重要なものです。
なぜ、不愉快に思うのかーーーーー。
それは、ストレスを感じるからです。
究極にいうと、命を守るためのストレスです。

さて、建築の第一の使命は、「あらゆるものからいのちを守ること」です。

講演でも、いつもお話していますが、
人は、無意識のレベルでかなり敏感に環境をキャッチしています。
そして、その感覚によって多かれ少なかれ感情を動かされています。

高所恐怖症や閉所恐怖症などは顕著にあらわれた例かと思います。

ストレスのない空間にいることが、一番に大切なことなのですね^^

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2021/01/09

年頭所感2021~生活基盤を最重要事項に。その上で生きる目的を明確化する。

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新しい一年が始まりました。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
神奈川県は7日より緊急事態宣言が発令され
湘南の街はしんとしています。

2020年の昨年は新型コロナウィルスによる影響で
今まであたりまえであったことが出来なくなったり
外出する際のマスク着用、手の消毒などが日常となりました。

また、ステイホームをすることで、家族といる時間も増え
暮らし、そして、住まいは生きる上で最も大切にしなくてはならない場なのだ、
と痛感しておられる方、多いのではないでしょうか。

さて、感染症といえば、実をいうと、
私にとって、かなり身近であるものなのです。
なぜなら、私の父は幼い頃に天然痘にかかり、
福岡県で奇跡的に治癒した子供だったからです。
完治した時は、地方の新聞にまで載ったという話を小さな頃から度々聞いていました。

この話を耳にする度に、

「奇跡的に助かった父から生まれた私。それはかなりの確率の奇跡ではないか!」
「だとすると、何の目的で生まれたのだろうか?」
「こうして生まれてきたからには、絶対に何かやらねばならないことがあるはず!」

と、子供ながらにも小さな頭で、ぐるぐると考えていました。
だから、19歳で単身で福岡から関東へでてきて
今まで子育てと仕事に一心に頑張ってこれたのも
この内から湧き上がる何か衝動があったからです。


また一方では、そんな経緯があるためなのか
幼少期には、「清潔と栄養」についてはとても注意深くしつけられました。

・整理整頓や掃除の徹底
・滋養となる食材を自炊し、必ず家族全員そろって食べること
・手洗い、洗濯など、身の回りのモノを常に清潔にすること
・むやみやたらに素手で目や口などを触らないこと
・先祖には常に手と心を合わせること などなど。

今ではもうあたりまえとなった幼少の頃の厳しいしつけが
このコロナ禍では、生きていく基本中の基本ともいえる整った生活の基盤づくり
これが身についていることが、とても役立っているのではないかと。
昨年一年間は、しつけをしてくれた両親に改めて感謝の念が沸き起こりました。

同時に、「人間として生まれた目的」についても
ステイホームの時間利用し、より一層、探求いたしました。
オンラインで必要な講座を勉強したり、本を読んだり。
そして、昨年秋頃より、ブログやSNSに綴り続けたことで
いろいろな方面からのお声がけが続き、少しずつカタチとして現れ始めました。
現在、多方面に向けてスタートしております。

建築家としての仕事については、
住宅の枠を超えた、多用途の建築設計のご依頼を方々でいただくようになりました。
こちらも事務所としてのコンセプトを明確にすることで、
同じ価値観をお持ちの方とのご縁をいただくようになりました。
引き続き頂いたすべてのみなさまの夢を具現化し実現できるように尽力する次第です。

また、昨年暮れには、私にとっての兼ねてからの望みであった出版も決まりました。

これから今までとは違う、全く新しい世界への門出ともいうべき2021年。
ようやく奇跡的に生まれてきた目的を明確に出来た今だからこそできることを
一歩一歩を踏みしめて進みたいと思っております。

決して私の力ではなく、生かしていただいていると
出会う方々とのすべてのご縁に感謝して。

2021年 1月 
同い年の太陽の塔を仰ぎ観ながら

多田祐子

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