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2020/11/24

結論:死を迎えることのできる住まいは、よりよく生きるための住まいなのである。

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いよいよ晩秋となり、師走の「し」が見え隠れするように。
先週までは暖かい日が多く、今年は秋を長く感じられたように思う。

そんな麗らかなある日、とあるメーカーの女性が初めて営業にみえる。

名刺交換が終わるやいなや
「さて、先生、HPのプロフィールで見たのですが…」
彼女は同じ大学出身だとおっしゃる。

学年も3つ違いであるので、どこかで会っているはずだ。

…そうそう、当時の建築学科は6階に製図室があり、
EVもなくて、階段での往来、女子トイレも3階にしかなくて…
研究室に積まれた製図台で寝起きし、そこで炊事をし、学校近くの銭湯に行き…

もう、あたかもオンナであることがいけないことのような
いやいや、オンナであることを思い出してはいけないような
そんな環境であったけれども、
それがまた愉快でもあったね、という昔話にハナが咲く。

しかし、今、彼女にも娘がいて、私にも息子がいる。

さらに「自宅で死を迎えることのできる住まい」の大切さを
S教授の1年生の最初の住宅設計の講義で教わったね、と。

数年前、先生のご自宅での葬儀に出席し、
先生の棺を担ぎ、ご自宅から運び出した彼女は、
運びながらも、再び目を開けることのない先生に向かって

「いやぁ、先生、めちゃくちゃ棺が運びづらい設計なんですが!」と言いましたわ、と。

「それは、設計がいけませんわ」な~んて。

そんなことを、笑って言えるほど、
気さくで愉快で優しかった先生のご自宅の記憶がよみがえる。

私も就職したての頃、
女子大生ブームでチヤホヤされた学生の頃とは打って変わり
男尊女卑(今は死語?)の実態に直面し
自分の将来について真剣に悩んでいた。

その時、学生時代の友人と共に
先生の箱根のご自宅に伺い、清流釣りや食事をご一緒させてもらい、
元気を取り戻すことができた一人だ。

ということもあり
私にとって大学1年生の時のS先生の授業が一番心に残ることとなる。

授業中、はじめて「死」について思案したとも言え
また、はじめて「生きること」に真摯に向き合ったのだ。

それから私は、暇を見つけては、哲学書をむさぼり読むことになる。
そして、思想をカタチにしたいと思い、出された課題にぶつけていった。
他の講師陣ともディスカッションを繰り返した。
ある講師に、
「君の言ってることはすごいことだ。素晴らしいよ。でもこれをカタチにすることができるのか?」
と言われ、悔しさあまり、EVの無い校舎の屋上で、涙が枯れるまで泣いた。
そして、決心した。「いつか必ず作ってみせる」と。

授業として建築の設計を学習するべくの学生生活であったが
自分の建築のテーマを「よりよく生きるための空間の創出」として
哲学と心理学を独学し、多面的に追求し続けた。

あれから30年経った今でも、ひとつもぶれてはいない。
暇をみつけては、哲学書などをむさぼり読み思惟する。
しかし、まだまだ、死はともかくとしても「生きる」ことすらわからない。

ただ、実生活を通して子供を産み、育ててきた中で
なんとなく、腑に落ちるキラキラと光る優しい一筋の光を見つけたようには思う。

そして、今までご縁をいただいた施主さんも皆、
「生きる」ことに真剣でそしてそれを楽しんでおられるのを見ると
書籍から学ぶことはできない、
仕事の中にこそ、金色に光る美しい光がたくさんあるように思う。

「私はあの時の想いをカタチにできているのだろうか?」
日々、自問自答しながら、今日も一本の線を決める。

死はいつ訪れるかわからない。
そして、
幸せとは、幸せな死を迎えることではないかと。

結論:死を迎えることのできる住まいは、よりよく生きるための住まいなのである。

生と死。
生は死の中にあり、死は生の中にある。
離反することはできない。

きっと、日々の曖昧模糊な中の優しい光が答えなのだ。

だからこそ日々、素敵な方々の仕事をさせていただけることに、心より感謝している。









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2020/11/07

「新しい私へ」と向かっています

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ブログやSNSの投稿に費やす時間がなく、
最近、「元気にしているのか?」
というお便りを多々頂いてしまい恐縮しております。
おかげさまで元気です。
ということで少し近況報告を。

一つは、思わぬ分野よりお声がけ頂き
新しい立場での仕事をすることになり、
まだまだ暗中模索の中におります。
(来春リリース予定です)

また、三重県にて
個人所有の小さな音楽ホールの設計も始まりました。
昨日は音響の確認をしに、
秋葉原サウンドセンターにてクライアントと打ち合わせでした。

世界でもご活躍されてきた音楽家ご夫妻との創作は
とても学ぶことが多く、
ホールの設計は建築と音楽の創作ダンスと言えるでしょう。
素材やディティールなどの些細なことで一つの音が決まってしまうと思うと
身も心も引き締まります。
さて、ホールの設計をしていると、
ピアノを弾いていた頃の記憶から、
前職時代に携わっていた美術館やホールなどの公共建築設計への
メモワール(記憶)が浮かんできます。

プルーストよろしく香りも記憶を呼び起こしますが、
音楽も記憶を鮮やかに呼び起こすものですね。
さらに、このホールを作る仲間においては、
昨年より今年の夏まで起こったいろいろな出来事の中で、
散り散りに途切れてしまった縁が、
なんと、再びピタッとつながったのです。
自分の中にある「義」を守り続けてきたことで再縁となったこと、
判断は間違っていなかった、と感極まる想いでおります。

芸術に触れることがままならなくなった昨今、
これからの芸術の未来に少しでもお役に立てるよう益々尽力する日々なのです。

また、このコロナ禍を生き抜くために
身を決して立ち上がった方々とのご縁も頂いております。
一緒に切磋琢磨し、改革案を思案する日々です。
今こそ建築に何ができるのか?と。

それは自分自身との戦いであり、
さらに志高き仲間と共に、じっくりと前を向き、
生きていきたいと、願いを込めて。

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2020/11/05

清流のごとく凛々しく生きよう

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秋深まり紅葉が美しいですね。
街路樹のハナミズキも真っ赤に色づいています。

さて、ブログや他のSNSでもあまり発信しないため
元気ですか?と心配したメッセージを頂く今日このごろです。
おかげさまで元気にしています。

現在、いくつか計画している意匠(デザイン)に没頭しており
何をしていても、それについて考えている状態でおります。
夢でも考えている(笑)

しかし、更新されていない拙ブログにアクセスしてくださる方が多く
大変申し訳ない、と思い、近況報告を。

またまた三重県で有り難いご縁をいただきまして、このところ度々訪れております。
愛知県から7kmほどの城下町。

計画の初めには、必ず役所に行き、法規、条例などを確認するのですが
今回、行かなくてはならない下水道局が、多度大社のすぐ脇にある、
ということで、なるほど、これは何か呼ばれたようだ、と、
大社に立ち寄らずして帰れないではないですか^^;

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2018年にも訪れておりまして二度目の再訪となりました。
前回訪れた時は虹を見ました。

日本の神社は山や水や木などを祀る自然崇拝が起源とされていますが
こちらも拝殿の奥は山。

 このように美しい清流が。

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三重県は肥沃な大地のため、野菜やお米などがとても美味しいのです。
その大地の栄養素が海に流れ、海産物も豊かなのだとか。
自然の恵み多き県だと思います。
自然の勢いというか、何かが違うのを感じるのですね。
畏敬の念。

もちろん
清流のごとく凛々しく生きよう。と誓いましたよ^^

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