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2017/10/12

大好きなことにチャレンジし続けることが成長のコツなのだ

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秋の高い空のもと、街を歩いているとふわりと金木犀の甘い香りが鼻をくすぐります。

と同時に小学生の頃の遠足の日を思い出すのです。今は建て替えてしまった実家の玄関脇きに、金木犀の木があり、やはり良く晴れた日にいつもより軽いリュックサックを背負って意気揚々として出かけたことを。

マルセルプルーストよろしくプチマドレーヌと紅茶がその美しい記憶を甦らせ、最後は大作である長編小説を書くに至るまでなれるかしらん、と^^;

「失われた時を求めて」ですね。

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相変わらず、あちこちに出張しては、打ち合わせを5、6件済ませ、戻るとひたすらアトリエに籠もり図面作成。ひょっこりと時間を見つけては油絵を作成するという旅と芸術と子育て(といってももう息子二人とも精神的には私より大人だけど^^;)三昧。毎日丸ごと幸せな日々を過ごしております。

さて、今、横浜でも仕事してます。実施設計が進んでおりますが、ボーリング調査の様子。しばらく様子を見てましたが、そのやり方がとても原始的で、なんだかホッとしたりして(笑)嗚呼、昭和だなあって。

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絵もようやく出来てきました。

アクリルガッシュには慣れているものの、油絵に取り組むのははじめて。しかも30号(910×650)

最初は、描き方や捉え方がまるで違うので、戸惑うばかりでした。

上の写真まで出来る前の日の感想を記録しようと思いfacebookに投稿しました。

まさに困惑の渦中にいます。

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しかし、次の日、新たな気持ちで絵に向かおうとしたその時、

アトリエを主宰されているマダムにこう言われたのです。

「この風景をひとつのものとして見るのよ。各々のパーツにとらわれていてはダメ。多田さんは自分の持っている世界が明確にあって、それを表現できる貴重な人なのだから、考えないの。好きなように手を動かすのよ」と。

この言葉で何かストーンと腑に落ち、カンカンカーーン!とアタマの中で鐘が鳴りました。瞬時に何かどよーんとした重いものが消えたのです。

それから、約2時間半、ほとんど記憶にないくらいに手だけがひたすら動く、といった感覚でした。それで、ようやく絵に魂が宿りました。

 

そうです。私は頭でばかり絵を描こうとしていたのです。だから、自分のイメージの中にあるものが描けない。頭と手は繋がっていますからね^^;

美しい海を描きたいのに、一生懸命、水素原子と酸素原子を精密に描こうとしている人みたいな感じです(表現が理系女子ですが)

それまでのワタシは、どこかに優等生的思考があり、また、境界線をミリ単位で決めていくといういつもの設計の仕事のくせで絵を描こうとしていたのです。

建築の設計は頭の後ろのほうにあるおぼろげなイメージを、境界線を決めていくことで次第に出来てきます。

特に異素材の取り合いをどう納めていくか、それは本当に納まるのか、またコストは見合うのか、建築基準法上クリアにしなくてはいけない要素は含んでいないか、施主の意向とは合っているか、経年変化はどうか、メンテナンス可能か、美しくできるか、職人にどう伝えるか、職人が施工できるか、といったような細かな条件をクリアにして秩序づけ、ひとつのモノを作り上げていきます。この判断を毎日何十回しているかな、と思うと、ぞくっと寒気がしますが(笑)

そう、建築の世界は、ひとつひとつが一本の線という明確な境界が存在しなくてはならない。しかもその一本の線には、度重なる思考とエネルギーの重みが乗っかっているのです。だから一本の線は我々建築家にとっては命と同じくらい貴重なのです。

しかし、絵画は全く真逆。

「線がない。。。」

この事実に直面した時、正直、頭の中が真っ白になりました。

だって、ワタシにとって命と同じくらい大切な線がない。。。

 

しかし、そもそも物事に境界線などはなく、物体が存在しても、それは絵の中では物体は主体ではなく書き手から見た客体ということ。最近では量子力学でも解明されていますね!

「私に見えるたぶん存在するであろう物体は、たった今はこうなのよ」と

そのモノの境界線を引き現すのではなく、逆に周りに影を落とし、浮き彫りにしていく。

色にしても、設計の仕事では、塗装屋さんなどには、茶の18番を80%青の24番を20%で調合してツヤを3分にして刷毛で2回塗りした後にウエスで拭き取る。などと非常に単純な決め方をします。

しかし、絵画の世界では、赤く見えるところの中にも緑もあれば黄色もあって影に近いアンバーもある。それもランダムに。

長い時間、赤で表現したいところにも緑や黄色などの色を筆で入れていると、はて?私には赤く見えているところも、実は赤くないのではないか?などと、そんなふうに感じてきます。

人がモノが見える、というのは、光があるこそですからね。

その光も刻々と変化するものであり、また見る人の心も変化する。

「諸行無常」

固定観念に囚われない、物事は○と×のどちらかなんていうことはあり得ない。常に変化している。

学生時代からずっとこの囚われないというテーマに囚われているワタクシでございますが(笑)

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