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2016/09/15

2016年は奈良の旅  〜Vol.6 ひきずるほど魅せられた「室生寺」

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ようやく暑さがやわらぎ、秋の気配がして参りました。

先週は諏訪方面へ出張しておりましたが、

信州ではコスモスが優しいピンク色を景色に添えていました。

本格的に秋が来る前に、奈良の旅のレポートを終えなくては^^;

 

さて、いよいよです。

  「室生寺」

今回の旅で一番印象に残り

帰ってからも数日間

その思い出に浸り

しばらく白洲正子さんの本に没頭してしまう始末^^

とにかく、素晴らしかったのです。

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室生寺は奈良駅より南東の宇陀市に位置します。

室生川にかかる橋を渡り、右手を見ると、

この仁王門があります。

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門をくぐると左手にはボン字池が。

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このお寺の美しさは、

シーンごとに切り取られた風景が

ポンっと 目に飛び込むように上手に配置されているところです。

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山の斜面という地形を巧みに活かし

とても心地よいスケールの中で

次々とすてきな風景を差し出してくれます。

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手水鉢で清め、階段を登ると

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左手には厨子入りの弥勒菩薩が安置してある弥勒堂があります。

茅葺き屋根。鎌倉時代の建築です。

そして、すぐ右には 金堂が。

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奈良時代の建築。

先ほどの弥勒堂とすぐに比較して見ることができるので

時代による違いが面白いです。

個々の意匠がシンプルなところが奈良時代の建築。

素直なデザインが信仰に対する純粋性を表しています。

さて、この脇の階段を登ると

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さらに90度に折れて階段があります。

登り切って振り返ると、金堂、弥勒堂の屋根伏せをみることができます。

寄せ棟(よせむね)や入母屋(いりもや)の屋根は、上方から俯瞰しても

とても美しいものです。

特に、刀の反りを彷彿させる屋根のそり具合はお見事です。

斜面の多い風土が

屋根を美しくデザインするという

日本文化を生み出したのだと感じられます。

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そして、少し歩くと 本堂があります。国宝。

鎌倉時代の建築の特徴である、和様と大仏様との折衷様式です。

軒裏の斗栱のむくりと屋根のそり、建物の大きさと

アプローチ、そして周囲のイロハモミジの緑との調和が

とてもバランスがよく、何よりもヒューマンスケールなのが

仏様の存在を近しいものにしているのだと感じました。

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丸柱に頭貫、肘木、斗栱、桁、垂木など、すべての構造材をあらわにし

その各所の納まりを慎重に見ていると、

頭の中で、 バロック音楽であるバッハのカノンが流れてきます。

単調な中に、とても高妙に計算されたリズムは

「輪廻」や「永遠」という想いが込められているからでしょう。

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さらに階段を上がります。

本当の屋根。入母屋の美しさを愛でることができます。

さすがは、国宝レベルです。

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すると、五重塔が。平安時代初期の建築。こちらも国宝。

屋外にある塔では最小の16.1メートルの高さ。

屋根は檜皮葺(ひはだぶき)ですから、さらに優しい印象に感じます。

 

室生寺は、女人高野。

高野山が女人禁制であったため、唯一女性を受け入れたお寺。

それが、建築にも表現されており、

建立に携わった修円の意図や力をかいまみることができますね。

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この先は奥の院となります。

次の予定があったため、先に行くことは断念してしまいましたが

ぜひ、四季を通じて室生寺を体験したいので、次回のお楽しみです。

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日本建築はランドスケープ、つまり庭を含めて作られています。

神は森羅万象であり、自然と共生すること。

ここから建築が生まれています。

だから日本庭園はその敷地内だけの意匠でなく

遠く遠くの景色まで含めて完成されているのです。

また、遠景からの景色も慎重に計算されて作られました。

 

今ではどの寺院も周りに高い建物が林立してしまい、

その美しさを遠くから愛でる事ができないのは残念です。

法隆寺や薬師寺などの塔が

自分の所在地を知る道しるべの役割をしていた時代は

さぞかし、素晴らしい景観をしていたのでしょう。

 

このように旅をしながら、目新しい建築だけでなく

古くからある日本の建築を観ることは

次に何かを生み出す時のエネルギーとして必要なものです。

 

クリアしなくてはいけない設計条件の壁に遭遇した時

ふと、あの時訪れた建築のあの部分に解決のヒントがあるのでは?

と思うことがしばしば。

そんな時は決まって、古き良きものに助けられるのです。

 

建築をこの目で観て

何かを感じて

自分の中で咀嚼し

新しい何かに表現する。

その連続の中に進化があるのでしょう。

 

未来の美しい街並は

我々が、今ここで何を作るかに

かかっているのかもしれません。

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