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2012/04/16

行人 夏目漱石と共に

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新しく設計を始めるために、敷地を見にいきました。100坪ほどの敷地には美しくしつらえられた日本庭園があります。

これをどこまで活かすか。建物とのバランスを計りながら決めていきます。

機能性と美との調和

どんな建築を設計するにしても、この壁を乗り越えなくてはなりません。

そしてその壁の高さも自分で設定しなくてはなりません。

今回の設計はこのハードルがとても高い^^;(自分で決めたのですが)

そうそう、最近読了した夏目漱石の行人(こうじん)の中に同じ思いを見つけました。必要な時に必要なことが与えられるとはこのことでしょうか^^

 

日常と美意識の調和は可能であるのか

主人公である二郎は「我輩は猫である」の猫的役割。そしてその兄一郎。博学な彼は現実と頭の中での理論や美意識とが分断され、日常生活や家族との交流を始めとした社会生活がうまくできなくなる。その苦悩を主観ではなく、客観的に描いています。

明治後半から大正にかけての社会背景も大きいのでしょうが、漱石が登場人物を介して現代社会の矛盾や問題を忠告しているようにも捉えられます。

ところどころに出てくる徳川、江戸時代の文化や風習の名残。工業化の到来のシンボルである鉄道。

人間の「生」が「生きる」ことではなく、何か違うところに向かってしまっている危うさ。

一郎がH氏に語る言葉にこうあります。

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「人間の不安は科学の発展から来る。進んで止まる事を知らない科学は、かつて我々に止まることを許して呉れた事がない。徒歩から車、車から馬車、馬車から汽車、汽車から自動車、それから航空船、それから飛行機と、何処まで行っても休ませてくれない。何処まで伴れて行かれるか分からない。実に恐ろしい。」

…中略…

「君の恐ろしいというのは、恐ろしいという言葉を使っても差し支えないという意味だろう。実際恐ろしいんじゃないだろう。つまり頭の恐ろしさに過ぎないんだろう。僕のは違う。僕のは心臓の恐ろしさだ。脈を打つ活きた恐ろしさだ。」

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「日常生活」と「頭の中にある美意識」

我々自身の中にある数々の矛盾を調和させることへの葛藤。

でも、それが生きていくことなのではないかと。

両極端に走らず、中道を歩む

逃げずに、まっすぐに見つめ直すことで少しずつ「本質」に結びついていく。

建築の意匠はこの本質をカタチにすること。

 

と難しいことはさておいて、そろそろ絵を描くことにしましょうか^^

 

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