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2011/10/20

世界を救うのは美だ

Rokkinngu

めまぐるしく過ぎさる時に身をまかせていましたら、あらら随分とご無沙汰してしましました。

おかげさまで元気にしております。秋もいよいよ深まり、良い季節ですね。

私にとって今年の秋は「日本建築の秋」となっています。

またタダサンはカタイこと言っているといわれそうですが^^仕事なのですゴメンナサイ~。

 

今進めている住宅のひとつは立派な日本家屋を壊して新しい建築を作るという仕事。

家のいたるところに当時の職人の想いのようなものを見ることが出来ます。壊すのが忍びないくらい。

それで古き良きものを引き継ぎながら、今この時代に何を残しカタチにしていくか。ということを常に自問自答しながら図面を描いていた一ヶ月。資料に埋もれながら…そろそろ資料の山が崩れそうなのですが^^;

ただ単に古い建物にあった古材を再利用しました、というようなものではなく、じわじわとしみる昆布のだし汁のような空間を作りたいと考えています。昆布は利尻のものね^^/

そうそう、海外旅行から帰ってきて最初に飲むお味噌汁の味わいのようなものと言ったらいいのでしょうか。

 

その味わいはどこからくるのかというと…

日本の美を残しながら作るには都市計画法や建築基準法のしばりを丁寧にひも解き、そして機能性を含めた制約中で、あたかも「できっこなさそうなことをできるようにする」ことかも。ここが建築の面白いところのひとつです。いや、難しいのほうが素直に近しい表現かな^^

簡単にひょいと出来る方法はいくらでもあります。でもね、そうやって出来たものって美しくないんです。心に響かない。

「べつにいーじゃん、住めれば。そんなところに労力を使うなんてばっかじゃないの?」という声がしてきますが。でもね、人間が生き続けるために必要な原動力は「美しさ」ではないかって。美しいものは人を幸せにしますから(時々不幸にしてしまう美しさもあるようですが^^;)

そうそう、やっと読了したドストエフスキーの「白痴」

その中でムイシュキン公爵も言ってました「世界を救うのは美だ」と。

 

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