« 地鎮祭 おめでとうございます。 | トップページ | 新聞「東京中日スポーツ」にて「姫部屋」を語る »

2010/10/25

木を見て 人を見る

Sakura

現場にあった桜の木。

今回の新築にあたり、切ることになりました。

出来るだけその場所の生態系を崩さないようにと考えていますが

人間の営みには少しだけ自然を頂いていくことになります。

 

 

何か出来ることはないか?と考えて

設計の中に

この桜の枝を活かして

デザインした部分があります。

 

この日はお天気だったので

枝ぶりのよいものを探してみました。

この桜の枝

桜餅(こちらでは道明寺と言いますね)の香りがするのですよ^^

 

さて 

住宅の設計を始めてから、

幹を見て何の木なのか、おおよそ分かるようになりました。

香りで見分ける時もあります^^

木を見始めてから、自分の小ささに気がつきました。

と同時に生命の奇跡、偉大さに気がつきました。

 

先日、ある設計事務所の社長さんとお話していて

「多田さんは木造の構造計算はできるの?」とはじまり

(Bien Sûr ! = Of course !)

「なんといっても木造は面白いよね~!」と盛り上がって。

 

なぜかというと、それは木が生きものだから。

構造計算などがRC(鉄筋コンクリート)や鉄骨造と違って

経験上のカンが大きな要素となるから。

ひとつの建物でもいろいろな種類の木を使うから。

 

適材適所 ですね。

なまもの ですから

マニュアルどおりにはいかないところが山盛りです。

そこが面白い。

 

同じ種類の木でも本来の性質をはじめ、育った環境などで

一本、一本に個性があります。

そういった個性が適材適所に

集められて

ひとつの架構=家ができる。

 

そんなことに思い巡らせ

木構造 人の営み 重なりて

秋の夜長に 月に向かいて

(この日は満月だったのです~^^)

 

|

« 地鎮祭 おめでとうございます。 | トップページ | 新聞「東京中日スポーツ」にて「姫部屋」を語る »

建築家のお仕事」カテゴリの記事

コメント

よく昔の人は家を建てる為に一山持っていた、と言ってました。
木が生き物であるならば、当然そこに建てる家はそこにあった木で建てるのが
一番だという例かもしれないですね。
ワタシの祖父はとても器用な人で、自分の家を造る時に天井を自分ではったり
造作家具をこしらえたりしたそうです。
父から聞いたのですが天井って真ん中を微妙に高く作らないと
下から見た時に平らに見えないそうで、祖父はそこも計算して作り
大工の棟梁が弟子達に見学させた、そんな逸話があります。
昔の人は自分の勘と千恵をしぼる、ということを少し器用な人ならば
当たり前にやっていたようですね。
私達現代人はどんどんそういう所が鈍感になって
玄人しか勘が働かなくなっていることに寂しいことだな
と思いました。

投稿: Dharma | 2010/10/26 10:41

Dharmaさん

こんにちは。
素晴らしいおじいさまですね。
Dharmaさんにもその血が流れているのだと
納得いたしました^^/

実はこの自然に対してはたらく「勘」は日本人特有のもの、文化なんだそうです。

よく講演などではお話させているのですが
日本庭園の造り方が顕著でないかと。
図面はなくとも、職人は美しい庭をつくり上げます。

反対に
ヨーロッパの庭園や都市計画ではすべて数値で表されるものです。
……誰でもそこそこに同じものが出来るということです。
(イングリッシュガーデンは別とします)

今こそ日本人の古来からの叡智を活かして盛り上げていきたいところですね~!
気づきはじめている方も多くいらっしゃいますので!

ゆるりと~持続させていきましょう~^^
おぅ~!

投稿: 多田祐子 | 2010/10/27 14:07

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 地鎮祭 おめでとうございます。 | トップページ | 新聞「東京中日スポーツ」にて「姫部屋」を語る »