« 華麗なる発酵 華麗なる収納 | トップページ | 仏検4級を受験して 前編 »

2010/07/20

いろめがね いくつになっても 数減らず

Ts350840

いつも送られてくるTOTO通信。今季は藤森さんの特集だったので、

神奈中バスに揺られながら。その記事のある部分を読んで

むふふとほくそ笑んでしまった。

 

 

「藤森語録」というコラム

語録/十 ツルピカはたまったもんじゃない 

ツルツルピカピカはなんともいやだ。とりわけ近年出現したソーラーパネルのツルピカくらい嫌悪を感じるものはない。あんなものが日本中の建物の屋根にのったらたまったもんじゃない。20世紀建築の歴史のなかで私が一番価値を認めがたいのは、量的に一番大手を振ったアール・デコの建築だが、私があれを好まないのは、ツルピカの結晶体にほかならないからだ。ミースのガラスも大理石も金属もツルピカだろうに、と問われるかもしれないが、ミースのツルピカには透明感があり、深みが感じられ、いいと思う。ツルピカだけで、その奥まで視線がしみていかないようなのがいやなのである。(TOTO通信2010年夏号P.48より抜粋)

 

私は藤森さんほどソーラーパネルにもアール・デコにもそれほど嫌悪を感じてはいない(特に好みでもない)が、これらとミースの建築との違いの表現にはさらに膝を打ってしまった(神奈中バスの中、ひとりで)

「視線がしみていかないようなのがいや」

なんとも粋ではありませんか。

と言いつつも、頭の中に思わず肉じゃがが思い浮かんだわけでありますが……

 

先日、神奈川県建築士会の景観整備機構検討部会に出席するため関内へ。

この時馬車道を通ったのだけど、訪れる度に「ここはどこ?」と迷う。それくらいの速さで馬車道らしさがなくなっていっているような。(私が方向音痴なのかしら?)

暮れなずむ夕日の中で、ふとこの藤森さんの「視線がしみていかない」という言葉が浮かんだ。

(というのも何を隠そう、学生時代、高橋志保彦研究室(ハシケン)だったので寂しさも倍増してしまうのである)

 

都市の魅力と美しさ----

美しさという基準は人によって異なる。さらに様々な要素が錯綜するのが都市。

だから美しさを都市空間にあらわそうとすることはとても難しい。

だけど、人間は美しさを求めるもの。さらに本当の美しさは何であるのかも心の底ではわかっているのではないかと。しかし、そうは問屋が卸さないもの……欲という色眼鏡で見てしまうもの、これまた人間然り。

「なにかが、違うのでは?」と感じる時って、たいてい時間が経つと間違いであったと気づくもの。いくつも色眼鏡があることよ。自らも反省することしばしばなり。

|

« 華麗なる発酵 華麗なる収納 | トップページ | 仏検4級を受験して 前編 »

建築ウンチク」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 華麗なる発酵 華麗なる収納 | トップページ | 仏検4級を受験して 前編 »