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2010/04/13

多田祐子連続講座 建築を語る Ⅰ建築の役割

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私は建築士の仕事の中でも「現場監理」というものがとても大切なことだと常々思っていて。

しかし、この大切さ、あまり一般には知られていないのだな~、と最近特にこのように感じる出来事が多いので少しここでまとめてみようかしらと。長くなるので(いつものことだけど)連続講座にしてみます^^

自分でも何度も読み直して加筆・修正することがあるかと思いますが(これもいつものことだけど)、ご了承ください~。

ということで、今日は「多田祐子連続講座 建築を語る Ⅰ建築の役割」

 

 

多田祐子連続講座 建築を語る Ⅰ建築の役割

  

「建築家と家を建てる」このような商業的なキャッチコピーをいろいろなところで目にするようになりました。

この現象は私達にとっては有難いことではありますが、いささかニュアンスが違うのではないかというところも感じています。専門家として少し危機感を感じるくらいです。

具体的に言うと「建築家=デザイナー」という位置づけでのみ、建築家の役割が出回っていることです。

もちろん、世の中にはたくさんの建築家がいます。このようなスタンスの建築家もいるでしょう。

しかし、「建築家=デザイナー」のみの位置づけは「建築士」としての役割としては充分ではないと私は考えています。(ここで建築家と建築士とはどう違うのか?という疑問がフツフツと沸いて来ますが今は流してください)

これは一級建築士の試験の内容をみれば明らかでしょう。

建築士の試験は「デザインを競う」試験ではありません。学科試験では「計画」「法規」「構造」「施工」(昨年から「環境・設備」が追加)という科目です。「意匠」の要素は「計画」の中で範囲として残っていますが、ほぼ出ません。

では製図試験ではどうでしょうか。こちらはデザインなどする余裕などとうていありません。なにせ当日課題発表され、試験時間内の5~6時間の間でプランニングし、製図を完成させなくてはなりません。もちろんお弁当など食べている暇などありません(私の受験時はひとりだけ見かけましたが)

 

さて、建築の役割を考えて見ましょう。

建築の最終的な目標はこの三次元の空間に実際に「形」として残すことです。ここで「形」が出てきます。これを表層だけ、つまり上っ面だけを見てしまうと取り返しのつかないことになります。まあ、結婚相手を見極める時のような感じでしょうか。それくらい真剣に建築に対して望んで欲しいというささやかながらの老婆心でもあります。

建築とは「人の生」を受けるものです。実はここがとても大切なところです。

例えば、人々を日中の日差しから守り、雨や風をしのぎ、寒さから身を守ります。また、食事をしたり、排泄をするという生命を維持していくという行為に対する器としての機能を果たすわけです。

さらに、災害が起こった時に被害を最小限にくいとめることを考慮しておくことも重要なことです。

「人の生」を受けるものとしての条件を満たすことは絶対でしょう。これを充たしてから「形」なのです。私の設計の進め方では充たしながらかつ形です。

三次元の中の物質社会ではあらゆる制約の中であらゆるものが形づくられていきます。建築はその中でも大きさもコストも大きいのですが、実は社会的役割も大きなものです。

その制約の中からどう形づくっていくか。そこに世の建築家たちは美を見出していくのではないかと考えています。

少々専門的になりますが、建築するモノの社会的役割を形で表現することも真剣に考えます。歴史をひも解いていきますと、それが数世紀後に「様式」として語られることになるのではないかと私は考えています。

 

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