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2010/04/03

ヌカみそをかきまわすように、構造の美しさを想う

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数日前から木造の軸組みを「あーだ、こーだ」と思案中。

「構造が美しい建物は美しい」

という自論により自滅?いえいえ悪戦苦闘することになる。

ここはどうしても手を抜けない。というのも数学と物理という学問の美しさに女子高生のころ魅せられ、その美しさを満たしていないものは作らない、とココロに決めているから。これは先日書いた記事「21日間で見えてくるもの」の中で「にじみでてくるデザイン」というところの大切な要因のひとつ。

数学や物理

ひぇ~、聞いただけでアレルギー反応が!と言われそうですね。

しかし、なぜかそこに「一連の美」を感じてしまう^^かなりの変わりモノなのでしょうか?

例えば、数学だったら、因数分解が解けた時の爽快感や証明問題の理論が決まった時の達成感。物理だったら、ある法則に基づいて見えないエネルギーを解析出来た時の腑に落ちた感じなど。

ひとつでも共感するのであればそこには「美」があります。そしてそのココロにも。

 

 

さてこうして今、その「美」を自らの頭脳と手により構築し、ついには出現するのだと思うと…当然のごとく感無量な気持ちとなる。白木蓮の花が咲いているのをたまたま発見した時のように。

但し、この作業、とにかくコツコツコツコツが続く(コツコツではなくコツコツの二乗)

最初にアタリをつけ、図面を描き、数式をノートに書く。建築基準法と照らし合わせる。さらにそこに美は存在するか、と自分に問う。

問いながら、積み上げたものを一旦頭の片隅にそっと置いておく。いつも見える場所に。

そのモデルを見ながら、地震を起こしたり、突風を起こしたりと脳内で実験をする。

さらにモデルとして美しくないといけないわけだから、上から見たり、真正面から見たり、はたまた小さくなってその中を歩いてみたりする。

「こいつぁ~、美しくねぇからこちらに移してぇと。おっ、いいねぇ」などと言いながら、何度も何度も組み立て直す。

つまり脳内で棟梁になる。(なぜだか男子なのよね)

その脳内棟梁の指示により、図面を描き替え、計算をやり直す。机の上は消しゴムのかすの山。だんだんノートが真っ黒になっていく。

これを淡々とくり返す。そうしているうちに、だんだんと良くなっていく。目の前がまるで日の出を見ているときのよう。うっすらと明るくなり気がつくと朝が訪れているような感じ。出来あがった時は気分爽快。

「あ~、いい一日になりそう」と思うように「いい建物になりそう」と思う。素敵な予感。

 

さて、この一連の作業 発酵 の過程と似ているな~と

ヌカみそをかき回しながら、ふと思う。今ちょうど朝焼けを見ているところ。

発酵には時間が必要。それと手をかけること。ココロを配るとでもいうのかな。

 

ここで、

分子生物学者の福岡伸一氏の「機械的生命観」につながっていくのだけど、この続きはまた。(多田さんのブログはいつも長すぎるから、今の人は誰も読まないよ、とまた言われそうなので^^)

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