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2009/06/17

フレームワークを壊してみよう

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 フランス語を学び始めて2年半、ようやく大学教養部程度の実力がついてきた。理系と芸術系をMIXした頭なので語学の道のりはイバラの道。

 英語の能力を伸ばす代わりに、フランス語を始めた理由はいくつもあるのだが、自分でも思っても見なかった二次的なメリットに出会えたのはとても嬉しい。

   

   

 事務所経営をしながら家事や子育てをしていると学生時代にはすんなりと行っていたヨーロッパなどへはある一定期間はとても遠い存在となる。さらに建築巡りなどと自分の嗜好などは優先順位として低くなる。

 建築意匠やデザインを志す人間にとって、海外経験の最大のメリットはカルチャーショックを受けることだと思っている。つまり自分の頭の中でいつも使っているフレームワークをおもいっきり壊すこと。そしてそれを素直に受け入れることだと。私も出来ればこれを定期的に行ないたいのだがそうは問屋がおろさないのが現実。

  

 ところが「継続は力なり」なのか、語学学習にもこのフレームワークを壊す訓練のような効果があるということに気づいたのである。つまり、独特の言い回し、直訳できないニュアンスはフランス人になった気分で体験するしかない。よく言われている女性名詞と男性名詞などもこれにあたるのでは?英語学習ではあまり感じなかったことだ。若かったので頭が柔軟だったのか^^

 フランス語を学習していて面白いのは、スキット(学習用の小話のようなもの)に建築家や建築の話が日常として出てくるところにもある。お父さんが建築家でお母さんが画家。といった具合に(他人事とは思えない^^)さらに話がアンニュイで表面的ではなく、隠喩があり独特の面白みがある。

 但し私の場合、語学として勉強中で、会話の練習は全く行なっていないのでどうぞフランス語では話しかけないでくださいまし。

 今話題の村上春樹氏もギリシア語を大学の講座で学び、ギリシアに滞在中ギリシア人と「ゴミ捨てのきまりごと」で会話にならず、奥様に非難されたことが著書である「遠い太鼓」に描かれてたいたような……。

語学を勉強していることと会話が出来ることはイコールではないと共感している。

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