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2009/05/28

自分史を知りたければ建物に聞け

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 先日、木場へ。ある物件でIH内臓ダイニングテーブルをモク(木)で作ることになっており、実物を見に。

 川崎を過ぎて大井十三号地から葛西までは以前勤めていた会社でいろいろと関った建築物がある。湾岸線を走る際には自分の歴史と建物の経年変化を照らし合わせることになり、ブツブツと独り言。

 木場に行くのであれば、谷口さん設計の(谷口吉生)の葛西臨海水族館に行かなくては。

 

 もうおそらく二桁の回数くらい訪れているこの水族館。訪れるたびに何かが違っている。いえ、水槽の魚の種類とか数ではなく(それもあるのだけど…マグロの数が減って大きくなったような…)建物のほう。

 学生の頃、出来立てホヤホヤであったこの建物に私は自分の未来を見ていた。現場など微塵も知らない青二才である為、子供のような感受性は豊か。つまり建築から受け取るもののほうが大きかった。

 働き始めて数年経ち、実務を通してそして資格を取ってからは専門家として見ることになるわけだが、そんな時知識で捉えようとするので、どうしても頭でっかちで多弁。反対に感性は小さくなりおぶされた赤子が母の背中から薄目で見るようなそんな状態。

 そして……独立してそろそろ十年。殆ど休む暇もなく、24時間365日建築の世界にいるわけであるが(最近はインドにもいる)今回顕著に自分の中で何かが変わっている。

 おぶされた赤子は自分の足で歩くようになり、時々転んでキズを作りながらも前に進んできた。そこから得られるものは知識ではなく「智恵」。そしてその智恵が自分の中から溢れんばかりに出てきて作品となってこの世に生まれてくるようだ。

 頭(知識)ではなく身体全体で何かを捉えるような感覚。設計者との対話。言葉ではなく、テレパシー。母親が子供の心情を察知する時のような。

  

 モノの本質は言葉のみでは表現できず--。

  

 葛西臨海水族館のお隣には、谷口さんの設計のガラスの展望台がある。こちらは残念ながら人気がない様子。貸切。しんとしているその空間は、回数を重ねるたびに面白く味わい深くなるよう。

 

 未来でも過去でもない「今」を身体全体で捉える。

 

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