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2008/01/31

シンクロニシティ

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 「シンクロニシティ」という言葉。

 ほんの数年前はスピリチュアルな分野のマニアックな言葉でしたが、最近では一般的に使われているのかよく見かけるようになりました。

 そして自分自身でもこのシンクロニシティを体験することが多くなりました。気がつくことが多くなったというほうが正しい表現でしょうか。

 私は約10年前大きな病気をしました。「自分のためだけに生きていたから」だと振り返ってみるとそう感じます。

 「なぜこの気持ちをわかってくれないのだろう」

 「私はとっても大変なんだから」

といった独りよがりの言葉でいっぱいになっていました。

 しかしある時…はたと、「それは他人に期待や依存をしているのではないか」ということに気づいたのです。

 たとえ国家資格を持っていようと、自営業していようと、子供を育てていようと、それは自立とはいえない。「自立していない」という事実を自分で受け入れ、さらに素の私であること、そして自分の足で立つことに腹をくくりました。

 するとこの「シンクロニシティ」に出会うことが多くなりました。書店でふと手にした本。その本からの素敵な出会い。出会った人々の話の中で心に響く言葉があったり。その人となりに感動したり。感謝したり。

 毎日朝起きて生かされていること、おいしいごはんを食べられること、家族や友人と楽しくすごすこと、道行く花々や夕日を見て美しいと感じたり、月の満ち欠けに神秘性を感じたり、そんな日常の「あたりまえ」と考えてしまうささいな出来事がとても有難く思えるようになりました。「今」という瞬間を心から楽しめるようになったように思います。

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「私はいろいろな人に支えられており、生かされている、感謝」

 と思い始めてから少しずつ健康になって行きました。この健康もいろいろな方との出会いで頂いたものばかりです。

 シンクロニシティは「感謝・感動」から繋がる「縁」に近いものだと感じています。

 実はこの「縁」は日本古来の家屋にある「縁側」や「濡れ縁」の「縁」と同じ字なのです。この「縁」は外と内との「結界」を意味しており、また昔はこの縁側の役目は人と人とのコミュニケーションの場でもあったのです。

 今の住宅ではあまり見られなくなってしまいましたが、気持ちの中に「縁側」を作っておきたいものです。その心の中の縁側で、お茶を飲んだり、夜空を見たり。

 「縁側」は空間的存在としては、華道でいう真(Shin)・副(Soe)・控(Hikae)の控くらいの意味合いかも知れませんが、実はこの控こそとても奥深いものではないかと思います。

 心の縁側を美しくしていると、良い縁を頂くような気がしている今日この頃。

 そうそう、白身のお魚の「えんがわ」も美味しいですね!←やはり食べ物がオチなのか?

 

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