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2007/10/11

パラドックス?

100_1886  

 蒔を燃してお風呂に入っていた頃があった。湯加減などをお風呂場から大声で叫び、火加減の調整をしてもらう。(ここで…タダさんはいったい何歳だろうと思われそうですが、実は五右衛門風呂にも入った記憶があったりします。)

 現在では給湯器の機能が発達して自動でなんでも行ってくれるようになりました。最近のリモコンは「お風呂が沸きました。」と親切に教えてくれたりもします。

 どうしてこんなことを考えたかというと、

 先日からウチの給湯器が故障し、シャワーが使えない状態なのです。

 なくなると便利だったものにあらためて気づいたり、知らないうちに便利でありがたいことが日常となり、

 当たり前と思ってしまう、

 それが人間なのか。

 とそんなところにまで思考が発展したり…

 こんなに便利なものに囲まれていても、時間に追われている社会…

 シャワーがなくても入浴という目的は果たせますが、つい無意識のうちに水しか出ないシャワー水栓をひねってしまい頭から水をあびる。

 習慣とは無意識のレベルのもの そして

 便利に頼るのは在る意味とっても怖ろしいことかも知れないとも。

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