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2007/09/13

時間泥棒

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 私がいつも熟練の職人さんの背中を見て思うことは、

「仕事」というものは真剣だけど楽しくやるもの。ということ。

 もちろん道具などの発達で効率的になっているところもあるのだけど本当に良いものを作っていく作業に効率的などという言葉を考えることすらなんだか恥ずかしい気持ちになることがある。

 今の世の中ではやることがたくさんありすぎて効率的であることは必要かもしれない。

 しかし、今回足を痛めてあらためて感じたこと。

 実はすべてをそうする必要は全くないのではないかということ。私がやらなくてはいけないことは山ほどあるのかもしれないけれども少しひいてみることでわかることも沢山あった。

 ゆっくりとしか移動できないのでいろいろなことに気がついた。移動の車の中では後部座席にしか乗れなかったので(足を曲げられない)ぼーっとして季節の移ろいをゆったりと車窓から楽しむことができた。長編小説も沢山読めたし、深く長く考えごとをすることもできた。ゆったりと進むことがこんなに心地よかったなんて。

 そしてなによりも周りの方々の心遣いに感謝することが出来た。元気な時はついつい自分はひとりで生きているような錯覚をおこしがちであるのだが、今では皆と共に生かされているのをひしひしと感じる。「心の目」で周囲が見渡せる。自然が語りかけてくる。子供のころの自分に戻ることができる。すると一番大切なものがわかってくる。

 昨日ダイニングテーブルに座っている夫の背中をふと見て

 「仕事」というものは……と。その姿はまた語っているように感じた。

 そうそう、なぜか猫の後姿もなにかを語っているように感じるのよね……

 

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