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2006/08/13

ひとりの時間を持つこと

ひとりの時間をもつことは実は時間を有効に使うための必須事項だと最近あらためて感じる。自分の生きるベクトルの矢印の方向や大きさを修正する時間。

子育てや仕事をしていると、自分のことが後回しになってしまいがち。しかし、一日15分位でもよいので自分がひとりになっていろいろと思いを馳せたり、ボーっとしていると、ふっといろいろなことがひらめいたりする。

最初は罪悪感のようなものと共存するのだが、結果的には質のよい生活ができることが身にしみてわかるので大きな顔してこの時間を満喫できたりする。

自分の習慣は変えることができる。私が面白い発見をいたのは、「思い込み」というデビルくんである。

母親が自分の時間を持つなんて。という思い込み。私もそうでした。では、理想の母親とは?とじっくり考えたことは?と。私は私に問いかけました。そこで、自分の母親という立場での価値観をじっくり考えました。漠然とした思い込みの多かったこと!

妹に話すと大うけしていた、私の笑える思い込みの例え。

私は左右の視力が違う。左目は0.5くらい、右目は0.1無い。それでコンタクトレンズをしているのだがつい先日まで右目にコンタクトレンズをつけるのが苦手だと思い込んでいた。しかし、ある時ふとどうしたらうまく装着できるようになるだろうか?と考えた。それで自分がどういう工程で装着しているか振り返ってみた。

私は左目から装着していた。そうすると余計に左右の視力が離れるため遠近感がおかしくなる。それで右目からつけることにしてみた。そしてそれからは失敗していない。

では、どうして左目から装着していたか。それは最初に教えてもらった時、左目から看護婦さんが教えたからだ。たまたま看護婦さんが私の左側に立っていたというそれだけ。

思い込みというものはデビルくんにもなるのだ。

こうしてコンタクトレンズが苦手だった私は今ではコンタクトレンズは苦手ではなくなったのでした。しかも装着する時間も五分の一になったのです。

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