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2006/05/26

ものもらいなわたし

先日から「ものもらい」に学んでいる。もちろん、目が腫れて頭が痛い。目も。「ものもらい」が出来ていないときの自分はどんなに幸せかをことごとく学ばせられている。子供のころから悩まされてきたものなのだが、大人になるといろいろなところで支障が出てくる。

まず、見栄えの問題。この「ものもらい」が出来たのがとある現場の地鎮祭の日の未明。夜中に突然の痛みに目が覚め、「まさか!」と思って鏡をみると案の定「お岩さん」。もうあとは祈るしかなかった。しかし神様はそんなに甘くない。朝もしっかり腫れ、私はこの目で地鎮祭に出席するのはどうかと考えたが、設計士が休むのはと思い、夫に案を聞いた。

「サングラス」という案だったので即効却下した。そんなの神様に失礼ではないか。よけいに腫れそうだ。ということで「眼帯」という決断を下した。いつものことであるが人に聞いておいてあまり意見を聞かない私である。

さて、眼帯となるとお化粧はどうする?ということになる。地鎮祭という晴れの日にお化粧をしないとまたバチがあたりそうなので片方だけアイシャドウやらマスカラやらをつける。その後に眉毛を書くのだが、かなり高度なテクニックであった。その目で薬局に眼帯を買いに行った私。順番が違う?

地鎮祭の現場に到着するとタダでさえ足元が悪い現場を片目で歩くのはとても危険なことが判明した。やはり夫の言うように「サングラス」にしておけばよかったのかとふと自分の強情さにあきれたりした。式典を行うにあたって施主・設計者・施工者と神主さんに呼ばれ並ぶのだが、「奥さん」と呼ばれてしまった時・・・流石に眼帯をしている女性を設計士とはあの場面ではどう考えてもあてはまらないだろうと思ったりした。夫に聞いても、あの状況では知らない人は「奥さん」としか考えないだろうと。

その日以降のお出かけといえば息子の保育園か近くに買い物に行く程度なので「サングラス」案で。これで片方だけお化粧する妙な手間もなくなる。ただ、私のお化粧はモチベーションの大きな一つの要素であるので注意力散漫になっていることは確かである。というのは良い訳がましいがというかいい訳なのだが、今プランがいまひとつまとまらなくてなんだか喉にものがつっかかっているようなのである。

目も痛いし、見えないし、お化粧は出来ないし、プランはいまひとつだし。といったところで睡魔と闘いながら、スケッチを淡々と続ける。夫が夫の実家からなにかいろいろと頂いて帰ってきたところに、私は実家から送られてきた栗饅頭を食べ、本当に私は「ものもらい」なやつなのだ。と思ってしまった。「ものもらい」とはものをもらって生活している人のことを言うらしい。

3月ごろから色々な知人から「会いましょう!」コールがかかっている中、やっと仕事がひと段落していろいろと活動開始!と思っていた矢先のこの「ものもらい」。こんな目で会うのもちょっとと思いながらまたのびのび太状態になってみなさん本当にごめんなさい。私はのび太君なのかもしれません。ドラえもんがいてくれたら!

ちなみに、明日は勉強会がある。サングラスか眼帯か悩んでいるのである。

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2006/05/25

やめられないとまらない。

建物のプランを考えるのはとても面白い。と体調の良い時やうまくいっている時はそう思う。しかし、人間いつもパーフェクトではないのでそうでないときは苦しい。しかしこの苦しいの感情を振りほどいて、「淡々と」手を動かす(スケッチをすること)とまた楽しくなってくる。

このパターンは受験勉強のパターンに似ているのですね~。あるいはダンスやピアノの練習に。「根性」という言葉が「古いスポコンの世界」と言われ、アホくさいと世間では言われていた時期もあるのだけど私はやはり根性こそ「成功」*し続ける*ポイントだと思ったりします。

それは多くの芸術家や本当の意味での成功者も述べているのですが、本当に究極まで追い詰めていくとなにかの拍子にカチっと音がしたように素晴らしい作品ができたり、アイディアが湧いたりします。私の場合はカチっという音がします。いろいろな音や表現があるようですが。

これを物理化学者であるマイケル・ポランニーの「創発」という言葉で解き明かしている岡本吏郎さんの言葉には説得力がありました。

私達のギョーカイでは「建築の神様が降りてきた!」と言ったりしますが・・・一つのプランを考えるのにいったい何時間かけているのかはかりしれません。「カチっ」とな・・・この瞬間がたまらないから続けられる。そしてまた続けるから「カチっとはまる」。それの繰り返しです。もちろん私の中では「カチっ」の時空は上昇しているような。

こうして私はトレペと鉛筆を前に忍耐強く、淡々とスケッチを続けるのであります。ハナの頭が黒くなってる~!

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2006/05/22

最近まわりが面白い

最近まわりが面白い。何がかと言うと「ひと」である。

「ひと」との縁はとんでもなく面白いもので、自分が素でいることが多くなってきた今日この頃、素の私でタイアタリすることができる「ひと」との出会いが多いのがうれしい。

そういった彼女・彼らは皆「ひと」を値踏みすることはない。そこにいてお互いの素の部分で話をすることができる。「生きている」ということの素晴らしさはこんなひとたちとの出会いや語らいの中に存在するのではないかと思う。

「~ねばならない。」という発想がない。というとわかりやすいかもしれない。そのひととなりそのままを認め、話に耳を傾ける。多いに笑って、多いに泣く。そんなひとたち・・・

人生を語り、夢を語る。何時間もかけて。そしてお互いを磨き合う。

仕事の世界となるとそういった付き合いは難しくなってくるが、今私の大切な「ひと」の存在は創作活動には欠かせないもののひとつであるだろう。

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2006/05/19

なぞときの人生

私の仕事は自分が日々思う「なぞ」を解くことだと思ってます。ものを創るひとは皆そうだと思いますが。

「なぞ」はそこらじゅうにあります。私自身精神年齢が低いのか。当たり前のことを当たり前と思えないところがたくさんあります。

たとえばさしみこんにゃくを食べていた時に、最初にこんにゃくを考え出したひとってどうしてこんにゃくをつくろうと思ったのかすごく知りたくなります。

いかやえびやたこ・・・なっとうなども最初に食べた勇気のある人ってすごいなと思います。夫は「そんな贅沢は言ってられないのだよ。それを食べるしか生きる方法はなかったのかもしれないから。」と言いますが。

でも、こんにゃくはいもからあのこんにゃくですからね~。発想が豊かです!おでんでもこんにゃくばかり食べるこんにゃく好きは尊敬のまなざしです。

歩いていてもたくさんなぞにぶつかってしまい、なかなか目的地にたどり着かないことがあります。とくに帰り道はひどいものです。小学生の寄り道の感覚でしょうか。今ではないのでしょうが。

私の脳は生まれつきそうなっていたのに輪をかけて「自他称:養老さん」と言っている父のたぐいまれな教育方針でそうなったのかもしれません。小学校の低学年の時から「固体は原子の集まりでそれがぶんぶんまわっている。みえるやろ?」と言われて一生懸命肉眼で確かめようとしていましたから。小学校の時にラジオも作った記憶もあります。

そうやって「なぜなに理科の学校」という本でなぞを解決し、育まれてきた私が今こうして「なぞとき」をしているのも面白いと自分でも思うのですが、やっぱり面白い存在らしいです。私のなぞはつきませんが解けたものでも本当かどうかはだれにもわかりません。

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2006/05/18

自分を変えたいときは環境を変える

先日、携帯電話を変えました。
メーカーを変えたので、番号やアドレスも変わります。
いろいろな方に変更お知らせメールをお送りしました。
するといろいろな方からすぐにお電話やメールを頂きました。

いつもデザインで買ってしまう私なのですが、
今回のは機能性もよく、大変満足しています。
今の携帯はなんでもできるのですね~。

しかし、この一大決心をするまでに実はかなり迷いました。
番号やアドレスが変わると大変!
使い勝手が変わるので慣れるまで大変!
といったことが頭にありました。

ところが清水の舞台より飛び降りてみると、
(おおげさ?)
まるで空を飛べたように、世界が変わりました。
結局変えたほうがいろいろと便利でお得でもありました。

そして何より環境が変わった気がします。
持ち物ひとつでこんなに新鮮な気分になるなんて。
なんだか新しい自分になったような気がしています。

新しい自分になりたい時。
環境から変えてみるのも良いアイディアかもしれませんね。

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2006/05/15

火事場の底力

私が「火事場の底力」を体験したのは、
息子を出産した際の育児休暇の間に勉強し
「一級建築士」を取ったこと。

大学受験よりも必死だったという本音は
両親に言うと申し訳ないのだが。
(ブログを読んでいたらごめんなさい。)

かつて設計事務所は今のIT業界と同じで
残業、残業・・・体力勝負のところがあり、
仕事と家庭というだけでも大変な神業の上、
子育てもとなると不可能で、
それに資格の勉強なんていえば一日何時間あっても足りない。

だから私は今しかないと覚悟を決め、
かなり勉強した。
といいながらもしっかり公園デビューも果たし、
ベビースイミングに行ったりと
ママの生活も満喫していた。

いつ勉強してるの?と聞かれても答えようがないのが残念で、
自分のスタイルでの時間の生み出し方は
この時マスターしたように感じる。
「もともと頭がいいのよ」と言われることが多いが、、
そんなことはない。人並みである。天然であるし。

女性でこのような育児中に時間を捻出をされて
今活躍されている方が多いのに最近気づいたのである。
半分はお母さんパワーではないかと思っている。

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2006/05/10

家ではなく心の話が多い理由(わけ)

私のこのブログ・・・
おそらく「家づくりのノウハウが知りたかった・・・のに」
と思われているかたもいらっしゃるのではと思います。
しかし、メンタルなお話が多いなあと。

実は、これには私でないとできない
「建築のあり方」が存在する理由(わけ)があり、
無意味に書いているのではないのです。

私の考える建築はソフトな部分をとても大切にしています。

「設計して作って、はいおしまい。」には
出来ればしたくありません。
設計という作業はものすごく大変な作業です。
そして同じものはこの世に一つとして存在しません。

その建物を完成した後、しっかり維持していただくのは
どうしてもお客様となります。
私が毎日掃除やデコレーションに出向くことは不可能です。
お望みでしたらそういった仕事も行いますが!
現実的ではありませんので・・・ということで、
建物の考え方の共有化がとても大切だと考えています。

建物を見事に使用されていると感動してゾクっときます。
涙が溢れることもあります。
大事に工夫してお使いのお知らせや、
街で出会って「今こんな状態ですよ!」
などと笑顔でお話をされると大変うれしく思います。

先日私の好きな雑貨屋さんの店長とお話をしておりまして、
皆に「好きなことやってていいね~。」なんて言われますが、
「やはり最初に出てくる言葉は好きより大変ですね~。」と。
私も深くうなずきました。やはり自営業は何でも大変なんですね。

鼻歌まじりで成功している人はそういえばみたことがありません。

設計の場合、設計から監理も入れると早くても一年がかり。
皆のモチベーションを維持するだけでも大変なのです。
クライアント・現場監督・職人・自分と。
メンタルな部分は様々なところで大切な要素となってきます。

一軒にかかわる人の人数も半端ではありません。

設計士はオーケストラの指揮者によく例えられます。

しかし、設計士が出来る範囲は限られています。
設計士はマジシャンではありませんので
すべてが出来るわけではありません。
よく質問されますが。

と書き進んでいるうちに相方の図面が出来たよう。
さて、模型づくりの続きに入りますか!
もちろん、私も模型つくりますよ!
以前は事務所で模型教室も行ってましたから!
もちろん、先生を!!!

えーーーーっという声が聞こえそうですがv(^^)v

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2006/05/09

がんばらない時間をプレゼント

私はがんばりやなところがあります。
だからすごーーーく疲れきってしまいます。
以前は病気というところまでがんばっていました。
しかし、これでは自分だけでなく
いろいろな人に迷惑をかけてしまいます。

しかし性分なのでがんばりやは治りにくい。
ということで私が考えたのは、
「がんばらない時間」をプレゼントすること。
「がんばらない時間にすること」をいくつか
リストアップしておきます。

ポイントは「素の自分でいられること。」
着飾ってレストランに行く!ということになれば
私の場合また気合を入れておしゃれをする羽目に!
ということでレストランコースは
私にとってはご褒美のカテゴリーです。

「素の自分」がわからなくなっていた時期もありました。
力を抜くことがわからないほどいつも頑張っていた私。
いつも目標に向かっていると、疲れます。
結果が出ないと落ち込みます。

しかし、人生のなかで無駄な出来事はなにひとつないと
最近思うようになってきました。
がんばらない自分がいるとがんばる自分がより素敵に感じます。
ポシティブはいつも前を向いていることではなく
時には休んで、振り返り、軌道修正したり。
なのですね。

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2006/05/06

マータイさんのように「もったいない」を実行!

今日も昨日よりの子供達との約束で
お弁当を持ってちょっと大きめの公園へ。

最近、おにぎりもラップでにぎる人が多いのですが、
4合の量となるとラップがもったいなく感じるのは私だけ?
もちろん、おにぎりは玄米入り。
となると栄養的にもおかずはほとんどなくてよいのです。

九州の方はご存知でしょうか。
高菜のおつけものを巻いたおにぎり。
もちろん高菜漬は実家からおとり寄せ。
くさいのだけどとってもおいしい。
具はもちろんおかか!

ということで、お茶は水筒に入れ、
お箸を使わなくても食べられるものをおかずに。
おしぼりはタオルで。
そうすると、ゴミがでません。

こういうことは実は皆昔やっていたこと。
便利なようでゴミの分別にいらいらするより、
ゴミの出ないスッキリした生活で実は節約だったり。
お弁当やおにぎりは子供や夫を巻き込んでつくる!

しかし、今日は太陽の下で若い夫婦が
カップラーメンを食べていたのですが・・・
別にかまわないのですけどね。
お湯はどうしたのでしょうか・・・

太陽の下で食べるのはおにぎりという発想は古いのか?
この際なので観察したいと思います。

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2006/05/05

GWを満喫・・・

GWも残りわずがとなりました。
だんだん現実がせまってきますね~。
といいつつも私の生活はいつもとほとんど変わりなく、
「なんだかみんなの休みが長いね。」といったくらい。

私の仕事は「休む」と自らが決めない限り永遠と続きます。
「ものをつくる」ということはそういったこと。
ただし、日常から非日常に空間を移動することは効果大。
いろいろな刺激を受け、いわゆる「充電」になります。

今年のGWは「ケイタイの電波の届かないところ」に滞在。
(残念なことに)パソコンも使えず、テレビも限られたもの。
のんびりと山の空気と山菜と景色を満喫しました。

GW前は公私共に殺人的な忙しさで、
ひどい風邪をひいていましたが、
今の薬の効能は即効で、薬のおかげで楽しかった日々。
薬がなくなったとたん、ふりだしに戻る。

ということで「寝て治す。」という作戦にはいりましたが、
そうは問屋もおろさないもので、
子供達の「遊ぼうよ~。」という攻撃に負け、
近くの公園で走り回ってしまいました。(本気)

さらに横から「おなかすいた」攻撃をしかけてくる時間・・・
ああ、いつになったら風邪が完治するのでしょうか。
なにか良い方法があれば教えてください!

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2006/05/04

壁といえば・・・

前回の壁の話を書きました夜、
眠る直前にふといろいろなことが浮かびました。
(実は私の習性なのですが、寝る前のリラックスが
色々なアイディアを生み出します
・・・大事な自分ブレーンストーミングの時間なのです。
ということで、私の枕元にはいつも紙とペンが置いてあります。)

~~連想中~~壁を越えなくても扉がある
~~連想中~~私の設計する建物には回遊性がある
~~連想中~~家中回れるもの・水まわりが回れるもの・etc・・・
~~連想中~~etcってETCだ!*脱線している!
~~連想中~~あの住宅は・・・ああなっていたし
~~連想中~~

そうなのです。私は行き止まりが好きではなく、
設計でも忍者屋敷のようにいろいろな工夫をします。
この部屋からここにでてくるんだ~!という感動って
なんだかスッキリしませんか?

日本の住まいは部屋に元来襖や障子で仕切りをつくり
いろいろな使い方をしたもの。
その文化がDNAで伝わっているのか、染み付いているのか。
今まで○LDKという個室重視の住宅は・・・
実はつくったことがありません。

ホントを言えば、あの吉本新喜劇やドリフのセットに学んだのかも?
くるくるとからくりのように回る舞台。
くいいるように見ていました。
毎週、感心して。
(九州では毎週土曜の午後に花月劇場をやっていました!)

いまでもお笑いは大好きですが、
こんなところにも学びがあったとは!
なにが役に立つかわかりませんね!

そうそう、私の車にはもちろんETCはついています。

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