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2005/11/16

畳という文化を考える

日本人の空間には昔からの一つの単位があります。
それは、四畳半。
ここにちゃぶ台を置いて食事をし、
また布団を敷いて寝る。
庶民の基本的な空間の単位でした。

今、はやっている「三丁目の夕日」のようなニュアンスでしょうか。

最近は両親と同居するスタイルの住宅を多く手がけておりますが、
ご両親さまのほうはやはり和室を希望されます。
書道やお茶をたしなむ方の要望として出てくることもあります。

畳は今でこそ琉球畳といいまして縁(へり)のないものが好まれますが、
お茶を嗜まれる方は特に本畳を希望されます。
縁(へり)にはものすごく重要な意味があるそうです。

私も幼少の頃は玄関のすぐ脇に「お座敷」という客間がありました。
縁(へり)を踏もうものなら足をぺシっと叩かれてた記憶があります。
書道教室でも叱られてました。
子供のころは全く理解不能でしたが、
この縁(へり)を大切にすることが最近よくわかるようになりました。
つまり、気持ちの切り替え。精神統一。先代への尊敬や感謝。など・・・

そして、和室の横には縁側がありました。
それはいろいろな意味があります。
畳が焼けないように。
雨に当たって痛まないように。

そして、縁側という言葉・・・縁なのですね。
外と内の縁という意味。
それは単に物質的な意味だけではなく、
精神的な意味もありました。
内と外の結界なのです。

その縁側も最近ではなくなってしまい、
大都市では隣近所との縁もほぼなくなってしまっています。
ネットでは匿名で無差別に相手の領域に入ってしまい、
そこらじゅうで問題になってますね。
自分と相手との距離のとり方がうまく出来なくなっていると思います。

縁(へり)のない琉球畳が好まれるのも
今の日本人の心奥底の中の深い意味が隠されているのかなと感じます。

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