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オンラインセッション開始による特別企画!

住まいをミカタに輝く未来にしよう!

「新築もリノベーションも予定がない」

「だけど、今のライフスタイルを変えたい!」

と思っている方へ!


豊かになるコンサルティングセッション 特設ページ

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詳しくはこちらの記事から



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あなたは変わらなくていい。

   住まいがあなたを変えてくれる」


共働きで子供を育ててきた経験より
「シンプルに住まうことが豊かな人生をもたらす」
住まいが重要なことを、世の中の困っている人にも伝えていこう!と、
夫婦で2000年、多田建築設計事務所を設立しました。
同時に、より良く住まうための「暮らしの癒やし」というサロンを主宰。
今では多くのファンの方に支えられています。
(現在は豊かになるライフスタイルラボに改名)

20年経った現在まで、住宅は50棟以上、また、サロンや講演などで
お話を聞いてくださった方は1000人に登ります。
しかし、単純計算すると、住宅設計は、年間3棟です。
多くても1年に6棟以上はお受けしていません。
この数字からおわかりの通り、決して大きな事務所ではありません。

それは、一級建築士の資格を持つ夫婦2人で、常に共に1件の設計案件に向かい、
お客様に寄り添うようにして、1棟1棟を丁寧に作り続けていきたいから。
今まで多くのお客様が、出来上がった住まいを心から気に入ってくださり、
仕事でもプライベートでも充実した人生を送っている喜びが、
少しずつ日本中に広まっていったのだと思っています。

お客様には共に歩んでいただき、心より感謝しております。

素敵なみなさまともご縁をいただけますと嬉しく存じます。

多田祐子

多田祐子の

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多田建築設計事務所共同主宰
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豊かになるライフスタイルラボ主宰
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一級建築士 /講演家/画家/セラピスト

福岡県生まれ
共感覚保持者

ビジネスプロフィールはこちらから →

トークショー、セミナー、講演等の実績はこちらから 
講演内容はこちらをご参照ください。→ 講演依頼.com多田祐子プロフィール 

 

藤沢市湘南台 5丁目, 神奈川県, JPのHouzz登録専門家多田 博多田 祐子

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2013年7月 北鎌倉の家「渡辺篤史の建もの探訪」 にて放送され、
2015年1月、2020年1月と渡辺篤史×多田祐子トークショーを2回させていただきました。

また、多治見セラミックパークにて。
大草の家のお施主さんの声を伺いました。
当日の様子をスライドショーYouTube にてご覧ください。
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https://youtu.be/3nqWhD7dB6A

講演・執筆依頼、ご相談・お問い合わせは
お問い合わせフォームもしくは
お名前・ご連絡先を添えてPCメール受信できるアドレスから

info@arttada.comまで。
-----------------------------
当事務所で建築されたお施主さんの声です。
↓からどうぞ。

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事務所を設立して20年となります。
ふたりの息子たちを育てながら切磋琢磨している様子を綴っています。
作品別アーカイブとなります。
こちらからどうぞ↓

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2021/04/17

全く疲れない働き方

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雨の日が続きます。
私の場合、雨の日はイメージが湧いてきて、企画などを考えるのにとても都合がよろしい^^;
おそらく、気が下がるといいますか、出かけたくならないから落ち着いていられる(笑)といいますか。
先週などは、ほぼ一週間、アトリエに籠もりきり、かかえている数件のプロジェクトの図面をパチパチと(CADなのでマウス)作図していました。

今日も雨。だからひっそりとしていて。
いつもどおり雨の音でイメージがわくので、ひたすら出てくるものを手書きでスケッチしたり言葉で書き留めたり。

今、宿泊施設の計画にも取り組んでいます。
イメージを具現化するために、素材集めに忙しい時。
山のようなサンプルに埋もれながら、素材を活かすデザインをあれこれ考えています。

今日は、使用する外壁材のサンプル作成をお願いするために
塗料メーカーの担当さんにお願いするお手紙を書きました。

既製にある色とイメージが違うので、調合して作ってもらいます。
特に、木部に塗る場合は、下地の木の色によっては出来上がりの色が全く変わるため、
必ず使用する材でサンプルをつくります。

いやあ、無いものを生み出そうとしているから、作りたい色を伝えるのがとても難しく、
イメージを書き始めたら、おとぎ話のように長くなってしまった(汗)
こんがらがっている私の背中を見て、たまりかねたのか、夫が似たようなイメージのものを探してくれたので、
そこから説明していきました。百聞は一見にしかず、ですね^^;

これ、私がどこまでもこだわっているように思われるかもしれませんが、
決して私がこだわっているのではなく、
実は出来上がる建築そのものから言われているような感じなのですよ。
私自身が建築と一体となるといいますか…でもやはり私がこだわっているのか(笑)

「あーまた、祐子さん不思議なこといってる」と言われそうですが、
私の大好きな画家 中川一政さんも野口晴哉さんとの対談でおなじようなことをおっしゃっているのをみつけました。
なので間違いないと思います(言い切る)

-----------以下抜粋

中川:ああいうふうな山を描いていても、山と自分とがこう一緒になっちゃう……普通の絵描きが描くと、山は山、自分は自分と分かれちゃっている。僕なんかのやり方だと、山と一緒になっちゃうんですよね。

野口:それで絵になるんですね。

中川:それでね、こっちはちっとも考えないんですよ。山がね、命令するようになる。で、その通りに描いていればいいわけです。

-----------抜粋ここまで(野口晴哉公式サイトより抜粋

もう、全く同じような状態になります。

だから、ある意味、全く疲れないというか、
無心でやっているから、気づいたら夜になっているというか。
しかし、こうなってくるといいのですねぇ。
かなり面白い作品が生まれるのですよねぇ。

ということで、今日も明日も明後日も
私は無心でこだわり、働いています。

 

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2021/04/14

祝上棟☆木造でつくる音楽ホール

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三重県桑名市の音楽ホールが上棟しました!

クラリネット奏者であるご夫妻。
人をよんで演奏会をしたり、音楽教室をおこなったりと
当たり前ですが…音響にはこだわっている音楽ホール。

木造で、ひとつひとつ作り上げるホールは
できあがったら感動するだろうなあ、と。
さらに、ここでご夫妻の演奏を聞いたら、うるうるしてしまうに違いない^^;
もう、想像するだけで泣けてきます。

住宅の設計も大好きですが
このような芸術や美にかかわる施設の設計も大好きなワタクシ。
今回、前職での経験を活かせたことも嬉しく、
20代は、がむしゃらに働いてつらい思い出ばかりでしたが
それらが今回、良き思い出と変化しました。
そうか!過去は変えられるのか!(笑)

数年前より宿泊施設や店舗などのご依頼をいただくことが多くなり
より多くの人々に私共のつくる空間を味わっていただけるようになってきたこと
本当にありがたく思っています。

このホールからも、
世界にはばたく音楽家がたくさん生まれるといいなあ^^

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木造でつくる個人所有の音楽ホール。
少し前はできなかったことができる時代となりました。
建築の世界も日進月歩。

このところ建築基準法も緩和する方向へとシフトしており
(いやはや、改正部分の勉強するのが大変で四苦八苦^^;)
今回も新しい基準に、私達も確認審査機関も右往左往することもありましたが

皆で苦労して実現にむけて考えてきたものが
こうして少しずつ形になって見えてくると
本当にかかわっているすべての人たちに感謝の気持ちがわいてきます。

出来上がりがとっても愉しみなのは言うまでもなく。


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2021/03/13

自分の頭脳に命をかける、それが生き切るということだ。

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今日は朝から激しい雨が降っています。
雷の中、朝イチでオンラインでの打ち合わせ。
NPO法人のロゴの方向性が決まりました。
新月の嵐の中で出来るとは、なんだか劇的な誕生です。

さて、私の頭の中には「芸術とは?」「建築とは?」「デザインとは?」という問いが
24時間、365日あり、常に考えている状態なのですが、
先日、私のモノづくりのこだわりは何だろう?という問いに答えがでてきたのです。

それは、「知性がある」ことは絶対的な条件だと。
つまり、作った目的や意図がはっきりとしている、ということです。
また、私の好きな作家さんも皆、それがはっきりしています。

では、「知性」とは何でしょうか?
それは、「自分の頭で、死ぬ最後まで考え尽くす」ということだと思っています。
知識の量や学校の優劣ではありません。

さて、今年の初めに、どうしても太陽の塔を見たくなり、行ってきました!
岡本太郎さんは大好きな芸術家で、彼から学ぶものはすべて学びたいと、
日本にある彼の作品はほぼこの目で観ました。
太陽の塔だけは、名神高速の通過中に見上げたことしかなくて^^;

ところで、この太陽の塔、現在、中に入ることができるようになったのはご存知ですか?

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エントランスは、スロープになっていて地下から入ります。
中はぜひ入ってからのお愉しみ。
ということでネタバレしないように写真は載せません。
TAROワールドが満開ですよ。

私の場合、腕のようなところはどのように構造的にもたせているのかに大変興味がありました。
中に入ってその部分に到達した時、度肝を抜いたのですが、
この腕の先端までエスカレーター据え付けられていて、外に出られるようになっていたのですね。
あ、バラしてしまった^^;
50年前の日本は、なんだか希望にみちみち溢れていたのだなぁと思いませんか?

そして、彼のすべての作品の命題は「意外性」だと私は認識しています。
そう、それをここでもやりきっていた!
エスカレーターですよ。腕に。それも50年前に。

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さらに、3つの顔は、過去、現在、未来を表しています。
彼は日本文化においては、縄文時代の研究をしており、非常に博学な人でもあります。
たくさん本も出していますよね。
日本庭園についてや人生論もあります。
とても面白いですよ^^

そのすべての思考がこの作品には練り込まれているのを感じることができます。
つまり、彼の費やしてきた時間と思考の全てをこの作品にあらわしていると言える。
そう言えば、なんとなく、この佇まい、埴輪(はにわ)を彷彿しませんか?

「芸術は爆発だ!」という言葉が独り歩きしてしまい、
氏の作品の本質が語られないのは残念なのですが
こうして大阪の街に飄々として趣で、鎮座しているのを見ることができた時は感無量でした。

岡本太郎、ピカソ、ゴッホ、ガウディ然り
「知性」のある作品は、表現がどのような手法であれ
古くなることなく、存在するかぎり、
作者が亡くなってもその作品そのものが考え続ける。

作品は、作家の手から離れると、
個としての意志を持ち、生き続ける。
それが、鑑賞者にインパクトを与え
「深く考え続ける」よう訴えかける。

それが芸術なのだ、と。
芸術とは生きることそのものなのだと。

その現象を目の当たりにした今年の年初。
私もそんな作品を作りたい、これからも作り続けたい。
命ある限り。








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2021/03/06

コロナ禍でも出来る!想いは距離を超える!

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啓蟄を迎えましたが、
1都3県では緊急事態宣言が延長となり春が遠くなったよう。

さて、私もいろいろなことがようやく一区切りとなりました。

ひとつは、節分の頃、とあるNPO法人の理事としての事務局長に仰せつかり
昨日まで、法人設立に向けて、昼夜問わず、東奔西走しておりました。
4日に、無事、設立を迎え、少しほっとしています。

2つめは、とある大手メーカーさまよりローンチ(新製品開発)における
専門家(建築家)として具体的なエビデンスなどの作成をするなどの
助言などをしておりまして、こちらも先日、FACTBOOKができあがりました。
商品は今春に発売予定です^^

3つめは、三重県で個人所有の音楽ホールを設計していましたが、
ようやく現場着工となりまして、基礎工事が始まりました。
即座に下記のような写真報告がLINEで上がってくるため
状況を早く把握できます。
これは距離に関係なく、メリットです。

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これら3つは、コロナ禍中で始まったものばかりです。
コロナ禍で、仕事の進め方や営業方法が過渡期の中、
オンラインでの打ち合わせがほとんどでした。

電話、メール、FAX、LINE、Zoom、slack、その他のアプリ…
毎日、これらのツールを使いながら、物事を進めてきました。
一日に最低5名~10名の方と話をしている日々で、
アトリエに籠もりながらも、なんだか始終人に会っているような感じ^^;

しかし、オンラインでは不可能な
役所などへのヒアリングや現場での打ち合わせは
当然、出向くことになります。

その移動中でも
音が出せない電車の中では、スマートフォンでLINEやslack、メールを使い
歩きながら、または車の助手席では、音声メインの電話で打ち合わせる
という、なんとも複雑多岐にわたる行動をしている状態。

朝は鳥取の方と打ち合わせして次は宮城の方…次は愛知…など
距離を感じることなく、仕事を進めることができるのは
文明の力だなあ、とあらためて感心しています。

設計についても、7年ほど前から愛知県をカワキリに
遠方での設計監理を始めたのですが、
最近では、オンラインが一般化してきたのもあり
みなさんもあまり距離を感じずにいてくださるので
とてもありがたいなあ、と思っています。

三重県、愛知県へはご縁が途切れることなく
最近では、現場にピンポンダッシュするように
車で日帰りするのも、当たり前のようになって参りました^^;

想いは距離を超えるのだと、
なんだか、いいなぁ、なんて
忙しい中、ふわっとそんなことを感じています^^

冒頭の写真は三重県いなべ市にあるカフェ「イシオノ」のランチパスタ

https://tabelog.com/mie/A2402/A240203/24017066/

津市内で設計監理していた時は津市内にあり、
あまりの美味しさによく通いました。
その後、いなべ市に移転され、
嗚呼もう行くこともないなあと落胆しておりましたが
その移転先がなんと!今の現場のすぐ近くだったのです!
なんというご縁なのでしょう!!
まるで、私が追っかけているようです^^

もう、行くしかない!
シェフ自ら育てた野菜と三重の海で採れた魚介でできたパスタ。
大きな牡蠣とホタルイカ、それとなばな、それな、マジ三重やん。
おごちそうさまでした。
三重ピンポンダッシュ日帰りの楽しみです^^




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2021/02/15

ローコストの本当の意味、知っていますか?

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立春を過ぎ、清らかな気分になるかと思いきや
緊急事態宣言の延長で、な~んとなく気分が真冬のまま…のような^^;

でもね、道端に水仙の花がしゃんと咲いていたりすると
嗚呼、もう春が来るのね、と、勇気をもらったり。
そして私はいつもと変わらず、モーレツに仕事しています^^;


さて、最近ではインターネットを通して多くのご質問をいただきます。
その中で、とても多い質問のカテゴリー。
それはズバリ
「ローコスト」

このローコスト、とても響きが良いのか、どこかがうまく使っているのか
本来の意味合いと違う、勝手な独り歩きをしているように感じています。

ローコストの本来使われていた意味合いは、
「条件を整理し、優先順位を明確にして、無理無駄のないデザインに仕上げる」
という意味だと思うのです。

それが最近では、単純に、
「自分たちの要望するものを安く作ってくれればそれでよい」
となっているように感じます^^;
この場合、ローコストとは言わないと思うのです。
また、深く突き詰めては、それはデザインとも言わないでしょう。

さて、Pros and Cons(プロコン)分析という方法があります。
これは、物事を進めるにあたって、メリット・デメリットをだして
優先すること、やめることを決めて物事を進めていく方法です。
「比較表」と言えばわかりやすいでしょうか。

前職、の組織設計事務所の企画をおこなっていた頃、
この「比較表」を必ず作ってから、クライアントへプレゼンしていました。
もう、これまでいくつの比較表を作ってきたでしょうか。

建築をこの世に具現化させる最初のおこないが「設計」です。
ものを作るにあたっては、いくつもの要素について整理し
優先順位を決めてかなくてはなりません。
先に言う「比較表」を何十枚も作っているようなものです。

私が「デザインは引き算である」と言っているのも
この作業のことを言っているのです。

すぐれた美しい建築は、このプロコン作業の引き際をどこにするかで
決まるといっても過言ではないのです。

私にとって
本来の意味でいう「ローコスト住宅」を作るのは楽しいですし、大好きな仕事です。

そう、この辻堂東海岸の家やKATADA Lodge&Villa のような…

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2021/01/28

いとしさをみつけることは人生を愉しむ術である

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ここ数日、送られてくる経営者の方のメルマガなどを読んでいますと、
このコロナ禍で急速にオンライン化が進んだことは
未来が早く来たのだ、ということを書いてある方が多いようです。

私くしも2度目の緊急事態宣言が出てからというもの
更に、人とお会いする機会が少なくなりまして
もっぱら、ZoomやSlack、LINEなどでのやりとりとなっています。

そんなある日、
とても親しくしている友人から業務連絡でメールをもらいました。
このコロナ禍に陥る前までは、一番頻繁に会っていた女性なのですが
すっかり会えずにいて、もっぱらLINEでのやりとりが主でした。

さて、そのメール、たった数行だったのですが、
業務連絡の他に一言、二言、
彼女自身の日々の気づきから、
私への気遣いがふわりと言葉にしてあったのです。

彼女の紡いだ言葉をじっくりと味わい、
そして、時間をかけて生まれてくる言葉をそっと返す。
そしたら、数日後に、つと返信がくる。
そのリズムも、言葉も、
心にほのかな春の光が差し込むように、心地よいのです。
そんな柔らかいやりとりが続く中で、ふとこう思いました。

今まで、LINEでやりとりしていた時は気づかなかった
この心地よさは何だろうか、と。

思い返した時、
それは、昔なつかしい、文通や交換日記に近い感覚だなあ、と。

そこで、長年の愛読書である清川妙先生の
「心をむすぶ美しい手紙」の中のこんな一文を思い出しました。

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「いいことばがいい人生を創る」という章の中に

ーーーーここから引用ーーーーー


小さなもののいとしさをみつけることは、
生きることの愉しさをいつけることなのだ。
小さなものだけでなく
小さなことば、小さな思い
ーーーーそんなものすべてを、大切なものとして扱うことから、
私たちの心の世界は、ゆたかに息づく気がする。


ーーーー引用ここまでーーーーー


思い返せば、ものづくりも
ことばを通じてようやく
はじまるのだ。

お客さまともメールでのやりとりの中の小さな小さな心づかいから
加速度を増して
大変価値のあるものとなっていくのだ、と。

会えない時だからこそ
オンライン化だからこそ
いいことば、あたたかい、やさしい言葉を丁寧に紡いでいきたいと思う
今日このごろ。

「だれが正しいとか間違いだとか、そんなことは横において
 大切な誰かににあたたかい言葉を紡いでいたい」

その他のことは、「美意延年」でこの時期を生き抜くとしましょうか^^;

清川妙さんの素敵な言葉はこちらの記事にも書いています。
↓↓↓

http://aqua-marine.tea-nifty.com/arttada/2017/06/post-fcfa.html





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2021/01/21

ストレスのたまる家に住んでいませんか?

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                        人とモノの距離感を繊細に検討しつくして作ったKATADA Lodge&Villa/津カントリークラブ
                           客とバーテンダーとのさりげない距離感が心地よい会話を生みだすように
                カウンター、椅子の高さや幅を決めている。


寒い日が続きます。
暦の上でも大寒を過ぎ次の立春まで
日本の四季では今が一番寒い時。

緊急事態宣言も首都圏に引き続き各県も発令され、
街では、人とすれ違う時にお互い最大限に距離をとってすれ違ったり。

リモートワークについても、オンライン上での打ち合わせはできますが
やはり、顔を突き合わせて話すのとはちょっと違うかなあ、と思ったり。


今、あらためて人との距離感について考えさせられています。

そんな時に、学生時代から何度も繰り返し読んできた本を思い出すのです。

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人類学者であるエドワード・ホールの「かくれた次元」

動物にはスペーシングと言い、
自分自身のテリトリー(領域)を持っています。
人間だけが他の動物と違い
文化という新しい次元をつくった、という発想です。

例えば
人間は脳の延長でコンピューターを、
声は電話、足は車、言語は体験を作り出し、
これを新しい次元=文化として、
新たに作り出し、その作り出した領域を生きている、と彼は言います。

そして、こうも言っています。
「人間は文化を発達させるとともに、自分自身を家畜化した」と。
つまり、自ら作った文化に支配されてしまっている。

だから、人間的に生きるためには
今こそアメリカの都市は、
この感覚的距離感を理解する建築家によって作り変えねばならない、
とまでこの出版された1970年代に、すでに言いきっている。

便利だけど、いずれ動物としての感覚を忘れてしまう、ということを。

さて、以前にも「建築の本質は間を設計すること」という記事を書きましたが
私の作る空間は、単なる広さを取り、見栄え良くするためにデザインをしていません。
見えない部分であるモノとモノの間にある「空」
これを、この動物的な感覚である距離感できちんと計算しています。

わかりやすく言うと、
使いやすさ、居心地の良さ、を十分に検討してあらゆるものを決めている、ということです。

エドワード・ホールもこの本の第5章で言っています。
空間の過ごしやすさは、視覚的な体験より筋覚的な体験が大切であると。
筋覚的とは、つまり、
目で見る広さだけではなく、
その部屋で何か行動する時にスムーズに行動できるか、
動作の一連が心地よいか、ということです。

ここで、彼の例えを文中より引用してみましょう。

ーーーーー以下引用ーーーーーー
女性は、ふだんは陽気で社交性に富む人物であったが、あるとき、近代的ではあるが設計の悪い彼女の台所のせいで、十何度目かのかんしゃくをおこし、こうどなったーー。
「私はたとえ親しい人にでも触れられたり、ぶつかられたりするのが大きらいです。だから私はこの台所にいると気がちがいそうになるんです。だって食事のしたくをしようとすると目の前に必ずだれかがいるんですからね。」
ーーーーー引用ここまでーーーー

これは極端な例なのですが、
普段意識していないからこそ
人のこの動物的感覚はとても重要なものです。
なぜ、不愉快に思うのかーーーーー。
それは、ストレスを感じるからです。
究極にいうと、命を守るためのストレスです。

さて、建築の第一の使命は、「あらゆるものからいのちを守ること」です。

講演でも、いつもお話していますが、
人は、無意識のレベルでかなり敏感に環境をキャッチしています。
そして、その感覚によって多かれ少なかれ感情を動かされています。

高所恐怖症や閉所恐怖症などは顕著にあらわれた例かと思います。

ストレスのない空間にいることが、一番に大切なことなのですね^^

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2021/01/09

年頭所感2021~生活基盤を最重要事項に。その上で生きる目的を明確化する。

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新しい一年が始まりました。
みなさまいかがお過ごしでしょうか。
神奈川県は7日より緊急事態宣言が発令され
湘南の街はしんとしています。

2020年の昨年は新型コロナウィルスによる影響で
今まであたりまえであったことが出来なくなったり
外出する際のマスク着用、手の消毒などが日常となりました。

また、ステイホームをすることで、家族といる時間も増え
暮らし、そして、住まいは生きる上で最も大切にしなくてはならない場なのだ、
と痛感しておられる方、多いのではないでしょうか。

さて、感染症といえば、実をいうと、
私にとって、かなり身近であるものなのです。
なぜなら、私の父は幼い頃に天然痘にかかり、
福岡県で奇跡的に治癒した子供だったからです。
完治した時は、地方の新聞にまで載ったという話を小さな頃から度々聞いていました。

この話を耳にする度に、

「奇跡的に助かった父から生まれた私。それはかなりの確率の奇跡ではないか!」
「だとすると、何の目的で生まれたのだろうか?」
「こうして生まれてきたからには、絶対に何かやらねばならないことがあるはず!」

と、子供ながらにも小さな頭で、ぐるぐると考えていました。
だから、19歳で単身で福岡から関東へでてきて
今まで子育てと仕事に一心に頑張ってこれたのも
この内から湧き上がる何か衝動があったからです。


また一方では、そんな経緯があるためなのか
幼少期には、「清潔と栄養」についてはとても注意深くしつけられました。

・整理整頓や掃除の徹底
・滋養となる食材を自炊し、必ず家族全員そろって食べること
・手洗い、洗濯など、身の回りのモノを常に清潔にすること
・むやみやたらに素手で目や口などを触らないこと
・先祖には常に手と心を合わせること などなど。

今ではもうあたりまえとなった幼少の頃の厳しいしつけが
このコロナ禍では、生きていく基本中の基本ともいえる整った生活の基盤づくり
これが身についていることが、とても役立っているのではないかと。
昨年一年間は、しつけをしてくれた両親に改めて感謝の念が沸き起こりました。

同時に、「人間として生まれた目的」についても
ステイホームの時間利用し、より一層、探求いたしました。
オンラインで必要な講座を勉強したり、本を読んだり。
そして、昨年秋頃より、ブログやSNSに綴り続けたことで
いろいろな方面からのお声がけが続き、少しずつカタチとして現れ始めました。
現在、多方面に向けてスタートしております。

建築家としての仕事については、
住宅の枠を超えた、多用途の建築設計のご依頼を方々でいただくようになりました。
こちらも事務所としてのコンセプトを明確にすることで、
同じ価値観をお持ちの方とのご縁をいただくようになりました。
引き続き頂いたすべてのみなさまの夢を具現化し実現できるように尽力する次第です。

また、昨年暮れには、私にとっての兼ねてからの望みであった出版も決まりました。

これから今までとは違う、全く新しい世界への門出ともいうべき2021年。
ようやく奇跡的に生まれてきた目的を明確に出来た今だからこそできることを
一歩一歩を踏みしめて進みたいと思っております。

決して私の力ではなく、生かしていただいていると
出会う方々とのすべてのご縁に感謝して。

2021年 1月 
同い年の太陽の塔を仰ぎ観ながら

多田祐子

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2020/11/24

結論:死を迎えることのできる住まいは、よりよく生きるための住まいなのである。

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いよいよ晩秋となり、師走の「し」が見え隠れするように。
先週までは暖かい日が多く、今年は秋を長く感じられたように思う。

そんな麗らかなある日、とあるメーカーの女性が初めて営業にみえる。

名刺交換が終わるやいなや
「さて、先生、HPのプロフィールで見たのですが…」
彼女は同じ大学出身だとおっしゃる。

学年も3つ違いであるので、どこかで会っているはずだ。

…そうそう、当時の建築学科は6階に製図室があり、
EVもなくて、階段での往来、女子トイレも3階にしかなくて…
研究室に積まれた製図台で寝起きし、そこで炊事をし、学校近くの銭湯に行き…

もう、あたかもオンナであることがいけないことのような
いやいや、オンナであることを思い出してはいけないような
そんな環境であったけれども、
それがまた愉快でもあったね、という昔話にハナが咲く。

しかし、今、彼女にも娘がいて、私にも息子がいる。

さらに「自宅で死を迎えることのできる住まい」の大切さを
S教授の1年生の最初の住宅設計の講義で教わったね、と。

数年前、先生のご自宅での葬儀に出席し、
先生の棺を担ぎ、ご自宅から運び出した彼女は、
運びながらも、再び目を開けることのない先生に向かって

「いやぁ、先生、めちゃくちゃ棺が運びづらい設計なんですが!」と言いましたわ、と。

「それは、設計がいけませんわ」な~んて。

そんなことを、笑って言えるほど、
気さくで愉快で優しかった先生のご自宅の記憶がよみがえる。

私も就職したての頃、
女子大生ブームでチヤホヤされた学生の頃とは打って変わり
男尊女卑(今は死語?)の実態に直面し
自分の将来について真剣に悩んでいた。

その時、学生時代の友人と共に
先生の箱根のご自宅に伺い、清流釣りや食事をご一緒させてもらい、
元気を取り戻すことができた一人だ。

ということもあり
私にとって大学1年生の時のS先生の授業が一番心に残ることとなる。

授業中、はじめて「死」について思案したとも言え
また、はじめて「生きること」に真摯に向き合ったのだ。

それから私は、暇を見つけては、哲学書をむさぼり読むことになる。
そして、思想をカタチにしたいと思い、出された課題にぶつけていった。
他の講師陣ともディスカッションを繰り返した。
ある講師に、
「君の言ってることはすごいことだ。素晴らしいよ。でもこれをカタチにすることができるのか?」
と言われ、悔しさあまり、EVの無い校舎の屋上で、涙が枯れるまで泣いた。
そして、決心した。「いつか必ず作ってみせる」と。

授業として建築の設計を学習するべくの学生生活であったが
自分の建築のテーマを「よりよく生きるための空間の創出」として
哲学と心理学を独学し、多面的に追求し続けた。

あれから30年経った今でも、ひとつもぶれてはいない。
暇をみつけては、哲学書などをむさぼり読み思惟する。
しかし、まだまだ、死はともかくとしても「生きる」ことすらわからない。

ただ、実生活を通して子供を産み、育ててきた中で
なんとなく、腑に落ちるキラキラと光る優しい一筋の光を見つけたようには思う。

そして、今までご縁をいただいた施主さんも皆、
「生きる」ことに真剣でそしてそれを楽しんでおられるのを見ると
書籍から学ぶことはできない、
仕事の中にこそ、金色に光る美しい光がたくさんあるように思う。

「私はあの時の想いをカタチにできているのだろうか?」
日々、自問自答しながら、今日も一本の線を決める。

死はいつ訪れるかわからない。
そして、
幸せとは、幸せな死を迎えることではないかと。

結論:死を迎えることのできる住まいは、よりよく生きるための住まいなのである。

生と死。
生は死の中にあり、死は生の中にある。
離反することはできない。

きっと、日々の曖昧模糊な中の優しい光が答えなのだ。

だからこそ日々、素敵な方々の仕事をさせていただけることに、心より感謝している。









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2020/11/07

「新しい私へ」と向かっています

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ブログやSNSの投稿に費やす時間がなく、
最近、「元気にしているのか?」
というお便りを多々頂いてしまい恐縮しております。
おかげさまで元気です。
ということで少し近況報告を。

一つは、思わぬ分野よりお声がけ頂き
新しい立場での仕事をすることになり、
まだまだ暗中模索の中におります。
(来春リリース予定です)

また、三重県にて
個人所有の小さな音楽ホールの設計も始まりました。
昨日は音響の確認をしに、
秋葉原サウンドセンターにてクライアントと打ち合わせでした。

世界でもご活躍されてきた音楽家ご夫妻との創作は
とても学ぶことが多く、
ホールの設計は建築と音楽の創作ダンスと言えるでしょう。
素材やディティールなどの些細なことで一つの音が決まってしまうと思うと
身も心も引き締まります。
さて、ホールの設計をしていると、
ピアノを弾いていた頃の記憶から、
前職時代に携わっていた美術館やホールなどの公共建築設計への
メモワール(記憶)が浮かんできます。

プルーストよろしく香りも記憶を呼び起こしますが、
音楽も記憶を鮮やかに呼び起こすものですね。
さらに、このホールを作る仲間においては、
昨年より今年の夏まで起こったいろいろな出来事の中で、
散り散りに途切れてしまった縁が、
なんと、再びピタッとつながったのです。
自分の中にある「義」を守り続けてきたことで再縁となったこと、
判断は間違っていなかった、と感極まる想いでおります。

芸術に触れることがままならなくなった昨今、
これからの芸術の未来に少しでもお役に立てるよう益々尽力する日々なのです。

また、このコロナ禍を生き抜くために
身を決して立ち上がった方々とのご縁も頂いております。
一緒に切磋琢磨し、改革案を思案する日々です。
今こそ建築に何ができるのか?と。

それは自分自身との戦いであり、
さらに志高き仲間と共に、じっくりと前を向き、
生きていきたいと、願いを込めて。

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